第十三楽章「　��（ヒカリ）　と　叛（カゲ）　そして　皆無（アウター）…」

『運命』は求む
力の天秤その均衡
はかりきれぬそのおもり天秤を大きく狂わす
互いの滅あるいは力の抹殺
『情』は願う
世界を歪めし愚かなる業　定めの糸をおのが自身へと
『煌』と『神』互いが力を失いし後に現れしは
『帝』なり…


『…まま　まさか　あれは…いや　そんなはずは　しかし　それ以外には考えられん…』
「どうした？　飛燕」
ミランは自分の帯剣している　平晏飛燕剣　がカタカタと震えているのに氣付いた
当惑した剣の“意識”がミランの脳裏に流れ込んでくる
ミランはつかに手をあてて剣に語りかけた
「おまえ剣のくせに震えてるのか？　そりゃあ　あんなのを目の前で見つけられりゃ
びびってしまうのはわかるけどさー　ほら　シリアって化物だから　あんなの当然なんだよ」
しかし　ミランの言葉を飛燕は聞いてはいなかった
『もし　あれが“黄道十二門”…だとしたらやばい　やばすぎるぞ…』
「ん？　なにそれ？　黄道十二門？　聞いたこともないよ　俺」
『ミランよ　もし私の考えが正しければ　いいか　二度とシリアにはちょっかいをかけるな』
「ほほー　この俺のライフ＝ワークをやめろと　俺に生きがいを捨てろと？」
『死にたく　いや　この世から完全に消滅したくないのならばな』
飛燕の真剣な科白に　ミランもようやくその表情を険しくする
「一体どういうことなんだ？　詳しく教えてくれ」
『この私と“光”の天喰狼刀“闇”の地呑獅刀が　祖の剣“世界”であることはおまえも知っているだろう
そして　もう一つ“世界”を象徴するもの　それが絶対神アホンダウラの存在だ
しかし　そのどちらも今より遥か古えの時代において“絶”なるその力を失って久しい
“我ら”祖の剣の力の方は三つに別れ　そして絶対星神の方も同じく“光”と“暗”そして“中立”に分かれた
それゆえ　この世には“絶”の力は存在しなくなり　代わりにあまたの力が発生したのだ
神々の志念（アルンワース）　古妖精時代の精言霊（スミノコトダマ）　妖狐時代の古妖精語破魔法（スペル＝ワーズ）そして今の時代の鉤呪魔法（ゲート＝オブ＝ルーン）…これらは　いわば“絶”の力の欠片（かけら）なのだ
だから長所があり逆に短所もある　極天−ヴァルハラという門がある
聖天太祖の転生　ナゴスギールの神力の源だが　これが神代の時代から“絶”の力に一番近いと言われている
ゲート＝オブ＝ルーンの“光”“陰”“陽”“地”“水”“火”“風”　これらの門を究極にまで極めた無敵の力だ
だが“絶”の力とは呼ばれなかった何故か？　それを越える力があるからだ
“光”“陰”“陽”“地”“水”“火”“風”“心”“幻”“召喚”“魔”　そして“存在門”と呼ばれる大陸影響力の合計十二の門を備えた“黄道十二門”と呼ばれる力が
しかし　この力を極めた者は神はかつて唯の一人も存在しない　そして…』
「そして？」
『そして　この力を極めた者は　おそらく絶対神をも越えるとされている
それが黄道十二門−すなわちディストリックだ』
「……！！！！」
絶句するミラン
「ま　マジ…？」
『極めた者がいないのだから　真偽のさだは解らないが　おそらく間違いはないだろう
神々には不足している大陸影響力が加わっているのだからな
現世においては絶対無敵だ　クライスを見て見ろ』
ミランは再び戦いへと視線を戻した
おびだしい量の血を流し　大地に片膝をつくクライスを
表情のないシリアが見下すように立っている
その身体には復活してから傷一つつけられてはいないのだ
信じられない程にパワーを上昇させ　あれだけのクライスのパワーを
今やシリアはあっさりと越えてしまっているのだ
『これほどの怒りの感情を吸収した　今のヤツのパワーはもはや神王の霊質すら　はるかに超越しているのは明らかだ
だが　現にシリアはそのクライスを　苦もなく抑えている　攻撃に転じることもなくだ　
たとえ　神々の戦いの頃の　絶頂期の力を備えていた聖帝や暗王であれ
今のクライスを“動”に移ることなく　抑えることは出来ぬ』
「…」
『もはや　それだけの力となると“黄道十二門”以外には考えられん
しかし　ま　まさか極める者が出現するとは…
ミラン私のフルパワーですら　もはやあれは防げんぞあの力もまた“世界”なのだからな』
「う…そぉ…」
『黄道十二門の力は予測不可能だ　特に“征界十二央陣”と“滅衝還（ロスト＝ユニバース）”
と呼ばれる二つの究極秘術に関しては　比肩しうるものは皆無と言われる
“滅衝還”の方はそのすべてが感情の激しさに左右される
もし　シリアがいままで意識的に黄道十二門を使わなかったのだとしたら
クライスの挑発で怒りのあまり　そのタガが外れたのだとしたら
その状態で放たれる“滅衝還”は　現世そのものを破壊しかねんぞ…』
「どしたミラン？」
不思議そうな顔で横のアホンダウラが問いかける　飛燕の言葉はアホンダウラには聞こえてはいなかったらしい
「…」
ミランはそれに応えるどころではなかった　その頭の中は飛燕剣の告げた信じ難い事実でパニック状態だったのだ
ただ　唖然と立ちすくんだまま　その瞳は血の池に膝をつくクライスと　超然とした姿でそれを見おろすシリアとに向けられていた



「ち…っきしょぉ…」
クライスの口から低いうなりが漏れる
抑えた押し殺したその声は　それだけに例えようもない怒りが込められているのがわかる　強く握りしめた拳が小刻みに震えていた
癒そうともしない全身の傷口からは容赦なく血は流れ続け大地を濡らし　それは新たなる大地を赤く染めていく
途方もないはずの激痛　ともすれば意識すら失せてもおかしくない出血
しかし　クライスには何の意味も持たなかった
今のクライスにあるのは　かつてないほどの憤怒と耐えられない屈辱感だけだった
自分がこの世に“存在”してから　一度たりともこれほどまでの感情は持ったことはなかった
否　ラカン＝アードとしてならいざしらず　クライスならば絶対に持つことのないはずの感情だった
自分自身の放った“魔皇の剣”の乱舞に　その強靭な肉体は見るも無惨なほど斬り裂かれていた
血の量は無論　全身の神経や筋肉じん帯組織も　いたるところ断裂しているのはまちがいない
通常ならば立つことなどはおろか　意識があること自体考えられない
だが　クライスは立ち上がった　肉体を氣力が越えていた
すでに糧である“怒り”によってのみ　クライスの身体は動かされ　全身から殺氣に溢れさせ闘氣を噴き散らしながら　己の死すら氣付かない狂戦士のごとく　その瞳をぎらつかせる　
「…退きなさいクライス」
「なん…だと？」
「貴方が何をやっても無駄よ“黄道十二門”には何者も勝つことは出来ない」
「ざけんな　小娘ごときに負けるほど魔王の血族はヤワじゃねぇ…」
「…退きなさい…『退くのだ　クライス』」
突然　シリアの口調が変化した
威厳が満ち溢れ　心の根底から揺さぶられる　圧倒的な威圧感を伴った男の声へと
いや　男の声はシリアの背後から聞こえたのだ　何もない空間から
「て　てめぇは…」
クライスの表情が僅かにこわばる　心の内に響いて来るその声
遥か古えの時に聞いたことのある　その律動
『おまえの戦うべき相手は他にいる筈　これ以上の無駄はやめるのだ』
消えていたシリアの闘氣が再び内から膨れ上がる
しかし　それは今までとは雰囲氣が一変していた
感情の爆発などの衝動的なものではなく　落ち着いた　言うなれば存在自体の様な静かなものだ
しかし　信じられないことに　その高まりは　強さは　今までのシリアよりも　
いや　無限の力すら引き出しかねないクライスの怒りの闘氣よりも　はるかにすさまじかった
万人がその前にひれ伏す超越者のごとき威圧感
キャロル　シューメンマッハや　ルーティ　ドレイラ　ブン＝ブン＝オー
そしてマスター＝サモンイントですら　それは同様だった
本能が悟っているのだ
それが何よりも強大にして至高の存在であることに
流れ出る金色のシリアの闘氣が　その背後で一つの形を取り始めていた
その場にいるものすべてに“絶対”なる力の具現を示す　ひとつの存在を…
「あ…あ……」
それから放たれる印象や威圧感　そして存在の無比なる強大さ
そして　何よりも黄金色 のオーラが形造ったその姿
「そんな…馬鹿な　なんで…」
ルーティ　クライスには　遥か古えの時代の神としての前世の記憶を持つ彼らには
それが何者であるか解った
「“絶対神皇（アルンダティラ・トゥルース）”だとぉ…」
クライスが驚きの眼差しで視線を背後へと走らせる
その先にはやはり呆然とした表情で　ミランと一緒にその姿を見つめている　アホンダウラの姿があった
すかさず視線をシリアへと戻す
「魔皇（パピシャス）はまだ存在している…“絶（トゥルース）”など存在するはずはねぇ　存在するはずは…」
口では否定してはみるものの　それが意味のないことだとはクライスには解っていた
自分がこれ程までに圧倒される存在は　それ以外ありえない
偽物などではない　この存在感や印象はまちがいない
シリアのオーラが形どったのは　まぎれもなく“絶対神皇”そのものだった
「クライス　もはや相手が悪すぎます　ここは撤退しましょう」
一歩足を踏み出し　マスター＝サモンイントが言う　冷静に考えてこの状態でもはやクライスに勝ち目はない
相手が英雄や神であるならば　クライスの敗北は有り得ない
怒りがそこにある限り　誰よりも強くなれるのだから
それゆえ　マスター＝サモンイントは“輝神”と呼ばれる
大陸一の戦人シリア＝テルティースとの戦いを　クライスの勝利を疑う事なく見ていられたのだ
しかし　目の前の相手は“絶対神”言うなれば　クライスの父神
「…」
『どうしても　最後までやるというならば　おまえを“消す”…』
「上等じゃねえか！　やれるもんならやってみやがれ！」
「クライス！」
「っるせぇ！！」
マスター＝サモンイントの叫びにも　逆上しているクライスはまるで耳をかさない
「誰だろうと関係ねぇ！　敵であるならば絶対にぶっ潰す！　“魔皇の剣”にはなぁ
敗北だけは許されねぇんだよ！」
“絶対神”の出現はクライスにとっても　最後の理性を弾き飛ばす結果にしかならなかった
小娘にぼろぼろにあしらわれ　魔皇の剣としてのプライドをずたずたに引き裂かれながらも
強まる怒りで　クライスは際限なく力を上げていった
しかし　ここにいてとうとうクライスの怒りは　極地へと達した
理性はもう一片も残ってはいない

闘争
本能
憎しみ
殺意

クライスを支配するのは完全な狂氣
絶対的な勝利への執着心だけが残されている
迷いや余計な感情が消えた分　クライスはさらに純粋についに極限まで強くなったともいえる
しかし　それでも　いや　それでは　絶対神に勝つことはできない
「クライスも　とうとう己を見失いましたか…」
マスター＝サモンイントが呟きをもらした
「力を失った“暗王”の代わりに　“魔皇の剣”に仕えてきましたが…」
と　その口元がクライスを見嘲るように歪む
それは　いままで見せたことのない程の邪悪な笑みだった
「もはや　彼には私の仕える価値はありませんね…」
遥か太古のこと“冥府王”は“暗王”に仕える存在だった
しかし“暗王”が“聖帝”との戦いに破れ　その力を失うや
“冥府王”は“魔皇の剣”の影響下へとくだった
より強い存在の支配下に身を置くことにより
その存在の影響力を受け　己の力を高めようとしたのだ
古妖精文明期に“泰魔皇（アルマラ）”により創り出された“銘を奪われし狂乱が種子”が
“魔皇（アル＝パピシャス）”に忠誠を誓い以後その強大な力をふるった様に
“銘を奪われし狂乱が種子”の力は歴史を重ねるごとに
弱まる“魔王（パピシャス）”の影響力に応じて力は減衰していったが
“魔皇の剣”を主とした“冥府王”は逆にその力を上げていった
しかし“冥府王”自身は“魔皇の剣”に忠誠を誓っているわけではない
“魔皇の剣”の影響力を受けるために　その支配下に入っているにすぎないのだ
そして“冥府王”はその“魔皇の剣”の影響力にも　限界を見切りをつけたのだった
「フフフ…“魔皇の剣”も　ここまでの様ですね」
おかしそうに笑いを漏らすマスター＝サモンイント
その時　脳裏に強烈な一つの悲痛な叫び
志念　が聞こえてきた

ふと　ミランはマスター＝サモンイントの呟きを耳にした
感情を感じさせない　いや　それを無理に押し殺したような低い声ではっきりと
「…本当に　それでいいのだな
異界をも 調味せし“鳳”の主よ…」
と　それが何を意味するのか　尋ねる間もなく　天が大きな叫びを上げ始めた
クライスの顔にはすでに狂氣しか見えない
発散する闘氣や殺氣ももはや異常とも言える程　あくなき勝利への執念が　
敗北を許さない“魔皇の剣”としての意識が
クライスに　ついに一線を越えた行動を取らせた
「魔王八炎陣…」
一旦　クライスの姿が消え　八人になって現れる
そして　なんとその一人が残りの七人を吸収し　その内へと取り込み始めたのだった
一人吸収される度に　その闘氣が力が倍に膨れ上がっていく
筋肉は膨張し取り込まれる“力”に耐えられるように　次々と自己変化をする
ついに“魔皇の剣”八人分のパワーを　クライスは一つに融合させた
「ぐ…あっ…」
肉体が引きちぎれんばかりの衝撃が　止めどなく体内から膨れ上がって来る
しかし　それも無理からぬことだった
すでにその力は“物質界”の“器”が内包出来る限界をはるかに越えているのだから
姿は大幅な筋肉の変化と　“肉の衣”から溢れ出る力によって　一回り大きくなっている
「く　た　ば　り　や　が　れぇいぃぃぃ！！」
クライスが吠えた
『　リ＝マデラ＝ドゥグレズム＝ゲヘテナ　』
ヴァウッ！！
クライスの右腕に黒い獄炎が生まれる
「あれは…メキドの火！！」
いち早くミランはその正体に氣付いた
クライスの腕に発生したメキドは　しかし　今までとは明らかに異質のものだった
召喚したクライスの右腕があらゆる防御魔法を無効とする　地獄の業火によって次第に焼かれていく

『　デルメス＝ヴェイ＝エルザス　』
獄炎は左腕にも着火する
瞬間　クライスの全身をメキドの黒い炎が多い尽くした！
『　ゼル＝ヴィ＝レドウィート＝レイ　』
「まさか？！　自分にメキドをかけるなんて！」
ルーティの叫びをキャロルが遮る
「いや違う！　…と　とんでもねぇヤツ！　『鳳激炎衝』だ！　
あいつ　メキドの炎であの呪文をやるつもりだ！」
「正氣じゃない！　あれだけの超破壊力を身に纏って　無事ですむはずはないのに…！」
無意識に口走った　ドレイラの言葉にみな同時に一つの考えが脳裏をかすめた
まさか　クライスは…

『…重ねて　告ぐ
獄層にたゆたう　罪苛　という　罪苛　よ　
すべてを消し去れ
冥府　統べし　現覇が銘王に於いて　
存在のかけら　余すことなく　』

極限までの氣の集中により　クライスを包む獄炎はさらに強くなっていく
まるですべての力をそれにそそぎ込むかの様に
八倍の力を融合させたとはいえ　メギドの精氣（エナ）を限界にまで上昇させて引き出しているのだ
破壊不可能ともいえる　クライスのその肉体も容赦なく閻魔に焦がされていく
しかし　クライスはそれを氣にしてはいなかった


『　自限　を　越えて　放てたり（イン＝トゥール＝オーヴェルヴァーズ）

沸到廻塵激遂閻衝（ベル＝デュリアーズ＝リ＝メキドォォォ）　！！』

至極のメキドを纏ったクライスが　黒き暗鳳が天空を駆ける
全精力を注ぎこんだ究極の破壊呪文
肉体の限界と精氣の限界まで引きずり出したクライスに
次の攻撃を放つ力は髪の毛一筋も残されてはいない
否　次の一撃など必要ないのだ
クライスは勝利を掴もうとは考えてはいない
すでに勝てる相手ではないことは解っていた
しかし　敗北だけは何があっても受け入れることはできない
すなわち相打ちを狙ったのだ　　　　　　　　　
「まずいっ！　みんな障壁を張れっ！」
叫ぶと同時にミランが“平晏飛燕剣”を前へとかざす
ドレイラ　ルーティ　シューメン　サヴァ　オーレと次々に呪文を唱え
己の持つ最大の防御障壁を展開する
刹那の間もなく暗鳳の翼から放たれる　力の余波の波動が大地へと降り注がれた

向かって来るクライスを見据えながら　シリアは右腕を前方へと突き出す
背後に形どっていた絶対神の姿が大きく弾け　黄金のオーラがその右腕にまとわりつくようにして宿った
手の平に黄金の光が発生する
迫るクライス　そして！！

バ_
シ_
ィ_
ィ_
ッ_
！_

防御障壁を張ってさえ　メキドの熱風が頬をなぶる
ともすれば吹き飛ばされそうになる身体を　みな大地をしっかり踏みしめてこらえた
周囲の大地がどろどろと溶け始めている
結界の外の大氣は超高温に煮えたつかのようにう だっているのが　陽炎の歪みのひどさで伺える
結界が砕ければおそらく一瞬にして消炭と化 してしまうだろう
現に結界を張れなかった大多数の軍勢は　暗鳳の翼の燐炎によって消し飛んでいた
辛うじて結界を形成できた者も　しかし　防御能力の低い結界から次々に砕け散っていく
ミランの平晏飛燕剣の円膜　サヴァの絶対防御陣　はなんとか耐えているが
シューメン　ドレイラ　オーレの結界にはきしみと　小さなヒビが生じ始めていた
その瞬間　大音響が轟いた

メキドの灼熱が薄れていく　それにつれて生き残った者には周囲の状況に目をやる余裕もでてきた
大地一面は溶岩のふきだまりの様にどろどろに溶けていた
泥は熱を持ち　宿した蒸氣をしきりに放出していた
軍勢がいた様子は跡形もない
死体はすべて熱泥に埋もれたか　消炭すら残さず消滅したかのどちらかだろう
生き残った者は両軍を合わせても僅か　二十程度しか見あたらない
氣温が異常に上昇していた　じっとり　と汗が浮かんでくる
「そ　そうだわ…戦いはとちらが…」
天空を見上げたドレイラの目にうつったのは　三つの影
クライスも　そしてシリアも　無事だ
どちらも消滅してはいない　どうやら相打ちにはならなかったらしい
そして三つ目の影　それはマスター＝サモンイントだった
ちょうど　シリアとクライスの間に割って入るような位置にいる
「まさか　あの戦いを止めた…？」
疑問にしては　余りに現実離れした問いかけが　ドレイラの口から漏れる
「馬鹿な…何故止めたのだ…」
唖然とというよりは　信じられないといった表情でクライスは　
自分とシリアとの間にいるマスター＝サモンイントを見た
戦いを止められた憤慨よりも　あの攻撃を止められたことの方にクライスは衝撃を覚えていた
究極奥義　魔王八炎陣によってその力は八倍になっている　さらに破壊の極メキドをその身に纏い　
氣力の限界までその破壊力を引き上げた　いわばクライスの最強最大の攻撃力　
いや　現世において最大の破壊力だったはずだ
目の前の絶対神ならばそれも納得できないこともない
しかし　マスター＝サモンイントごときが　防げる攻撃では絶対にないはずだ
消滅してしかるべきはずのメキド＝デュリアースの一撃
しかし　現実にはマスター＝サモンイントは　その身体に傷一つ負うことなくそこにいたのだ
クライスだけではない　シリアもさすがに驚きの表情を隠せなかった
「クライス退きなさい　貴方にはもう戦う力は残されてはいない
いえ　それどころかメキドを纏うことによって　貴方は力をかなり失ってしまった」
マスター＝サモントントの指摘は図星だった
自らにメキドをかけることによって　その破壊の炎はまたクライス自身の力にまで影響を及ぼし食らっていたのだ
もはや傷が完全に癒えたとしても　先ほどまでのパワーは出せない
「退くのです」
辛辣な口調がさらけ出された　クライスの心へと針のように突き刺さる
「…やっぱり　勝てなかったのかよ…」
クライスの頬を伝い落ちる一筋の雫
悔しかった
誰にも負けたことのない自信が打ち砕かれたことが
ただ悔しかった
それは　ある意味でクライスの純粋な心だったのかもしれない
誰よりも強くありたかったという…
言いようもないほど目頭が熱かった　視界がぼやけてしまいそうなのを
クライスはこのときばかりは隠そうとはしなかった
「…引き上げるぞ」
アホンダウラが顔をうつむかせ生き残った数名に退却の命令を出す　みな無言でそれに従った
何もない空間にアホンダウラが“『転移』の門”を開くと　みなその中へと消えていった
最後にクライスが無言のまま　そのゲートをくぐった
ゲートは消え　そこは再びただの空間へと戻る
戦場に残されたのは　ひとにぎりの光の戦人達と
クライスの消えた空間をじっと見つめるミラン
上空のシリア
そしてマスター＝サモンイントだけだった
「何故　貴方は退かないの？」
“魔皇の剣”の影響が消えたせいで　さきほどのオーラは完全に消失していた　
その雰囲氣もいつものシリアへと戻っている
「フフフ…それは貴方と戦う為ですよ」
「何を言い出すかと思えば　何で私が貴方と戦わなゃならないのよ
理由がないじゃない　もう　魔王軍は引き上げたのよ」
「理由ですか…それならば　これなんかどうです？」
マスター＝サモンイントが右腕をかざすと　その手の内に一本の剣が召喚され
途端　シリアの顔から血の氣が失せる
蝋人形を思わせる程に蒼白な肌は　一瞬にして身体中の血が凍り付いてしまったかの様だった
震えが止まらない
「そ　その剣…何であんたが…」
「私は黄泉の国を支配する冥府王　これが何を意味しているかはおわかりでしょう」
「うそ…そんな…」
マスター＝サモンイントの手にした剣　刃渡りは３米以上の神秘なる異形の形をしたそれは
あるべきはずのない　いや　マスター＝サモンイントの持っているべきはずのない剣だった
“鳳”フェニックス＝レジェンド…この剣の主は…！！
絶望がシリアを染め上げる
冥府王があの剣を持っている　その意味するものはすなわち…
「嘘…うそっ！　そんなの…絶対に　嘘だわっ！」
止めようもない感情の奔流という嵐が　シリアの心の内を吹き荒れる
同時に封じ込めていた奥底から沸き起こってくる“力”
押さえつけていた黄道十二門の力が
大陸の“存在神”としての力が一氣に表面へと噴出する
クライスとの戦いの時には絶対神の存在力が
シリアのその力を　強大すぎる黄道十二門の力を制御していた
だが　表面へと強く現れすぎた激情が理性を弾き飛ばしてしまった
黄金のオーラが閃光のごとく爆発する
「そんな…いや…いやぁっ！！」
感情と言うものがすでに　自分の手を離れ暴走し始めたことを　シリアは氣付いていた
それでも　いいと
何もかも　すべてを　
破壊しつくしてしまいたい　と
彼女の心の中に　そんな切実な思いが生じ始めていた
もう　シリアは自分の心の呼び寄せた嵐をおさめるすべを知らなかった
感情の制御を失ったシリアに　周囲に存在する精霊が一斉に同調する
いや引きずられる慟哭があらゆる精霊達を巻き込んで嵐となる
もう　シリアの心を引き留めることは出来ない
悲しみに　怒りに　憎悪に渦を巻き　嵐と化したシリアの感情が大氣を震わせながら　直にドレイラ達に伝わって来る
「駄目っ！　シリア自分を取り戻して！　力を暴走させてはいけない！」
ドレイラには精霊の暴走が手に取るように解っていた
いや　普段精霊の力を感じることのない　サヴァやオーレでさえ　異常な精霊の動きが感じられるほどだった
すさまじいまでの力　“輝神”の力が　黄道十二門の力が　“世界”を狂わせる
クライスとの戦いにおいて使われたパワーなど　ほんの燐片にすぎなかったことを　この場にいる者すべてが今　実感していた
暴走した力−内に秘めたそれが　大きければ大きいほど精氣の均衡が崩れた時に　それは大いなる災厄をもたらす
それゆえ力ある者ほど　それを抑える自制心を持っていなければならないのだ
余りに大きすぎる“黄道十二門”の力の発現に
力の制御を失った“存在神”によって

今　大陸が崩壊しようとしていた…

※

「素晴らしい…これほどの力だったのですか…」
マスター＝サモンイントが心底　感嘆した声を上げる
水王がうなりをあげる
風王が猛々しく吹きすさぶ嵐をつくる
地王はためた力を一氣に解放しようと震え
炎王はその真紅の姿を現す
大地が鳴動し
上空の暗雲の中で雷のうなりまでもが重なった
憎しみと復讐に燃えるシリアのその瞳は激しい炎　そのもののように輝いていた
マスター＝サモンイントはその視線を受けた瞬間に　全身をずたずたに引きちぎられるような激痛を覚えた
見えざる“強制力”が　その魂すら引き裂かんばかりに冥府王を締め上げる
あらゆる力を超越した神王とて　あがらうことすら不可能ともいえる程の“最強”の力
それでも　マスター＝サモンイントは消滅しない
裂くような激痛に肌をびりびりと震わせながらも　その肉体は“存在”は　圧倒的な力に耐えていた
右手の異形の剣−“不滅”のフェニックス＝レジェンドが金色の光を放っている
「許さない…ずたずたに引き裂いて　魂のひとかけらの“存在”すら残さず消し去ってやる…！！」
完全に理性を失い　自らの心の中で歯止めなく荒れ狂う感情の嵐に身を任せるシリア
その憤怒の表情は猛々しくも　凄絶な美に彩られていた
その両腕が天高くかざされると　どす黒い暗雲がそれに呼応するかのように濃度を増し
あまたのいかづちがその中を駆逐する
『あ…ややめろ…大陸が“世界”が消し飛ぶぞ…』
飛燕のふるえる“意識”がミランに流れ込む　そこには絶望の響きが込められていた
もはや　誰もシリアを止めることが出来ないのは解っていた
自分一人の“存在”ではどうしようもない“光”と“暗”がつどっていない今
自分一人ではあの力の前にはあまりに無力すぎる…
その志念を否応なく感じるミランにも　どうすればいいのか　いやもはやどうしようもなかっ
た
今のシリアはいつものシリアではない　完全に感情に飲まれている彼女には　もはやどんな
言葉も届かないだろう
大陸全土が　シリアの感情の爆発に引きずられ震撼していた
忘れられない辛すぎる記憶は　人を狂氣へと引きずり込む
憎悪に　妬みに　恋慕に　渇愛に　そして破壊に
人は浸りきった時に　理性は消え去る
他の何も望まず　何も省みず
ただ　それらの感情にのみ従う
それが力ある者であれば　あるだけに　狂氣はおおいなる災いを呼ぶ
滅衝還−ロスト＝ユニバース　黄道十二門−ディストリックにおける究極の力
それはディストリックの純粋な力そのものの具現
そして　その力は術者の感情の高ぶりに比例すると伝えられている
それゆえに存在してはならない“最期”の力　強い力であればあるほど必要とされる自制心
それゆえにシリアは今まで黄道十二門の力を使わずに抑えてきた
何よりもこの“滅衝還”を恐れて
しかし　何よりも大切な心のよりどころを失ったことにより
感情がすべての理性を食らいつくしてしまった
大陸なんか
“世界”なんか滅びたっていい
…あいつのいない世界なんて
…必要ない！！
大陸のあらゆる影響力が　シリアへと集束し始めていた
光が　暗が　地が　水が　炎が　風が　世の恵みが　偽りが　召喚が　人々の築き上げてきた力が　心が　そして　西大陸の“存在”そのものが
あまりに大きい
大きすぎる！
それは黄道十二門のすべての力　すなわち　“極絶意志”
極限までの感情をもってしまった　シリアのもとに
滅衝還の究極の力が今生み出された

　　　　　　　　　　　　　　　ロスト＝ユニバース

　　　　　　　　　　　　　　　　…世界の　消滅…

その瞬間　マスター＝サモンイントの持つ剣が　まばゆいばかりの光彩を放つ！
“不滅”の鳳が　今にも消滅せんとする　天空へと姿を現した
同時に力が世界のすべての力が一身にその“存在”へとのしかかる！
“不滅”すら滅ぼさんがために
天空に金色の光翼をきらめかせ鳳が飛翔した
それは死してなお蘇る不死身の象徴
真の太陽より生まれし陽炎の翼（プロミネンス）
その“不滅”の翼すら　ゆっくりだが消滅をし始めていた
不思議な鳳の哭き声が大氣を震わせる
哀しげな声−憂い
そして　愛しい　までの嘆き
聞くものすべての心に深くしみ入る　そんな声だった
“存在”そのものへと挑む鳳のその姿に　誰もが心を奪われ見入っていた

「　すべての力よ　今こそ束縛から解き放たれよ！　世界すら消さんがために！」

シリアの身体の内で　滅衝還の力が　黄道十二門のすべてが力の奔流となって膨れ上がるが
最期の力が解放される　それよりも早く　鳳が天空を支配した
眼前にせまったマスター＝サモンイトが振り上げた“不滅”の剣をシリアへと向けて 一閃！
ヴォッ！！

鮮やかな光彩を纏った刀身が　シリアをまっぷたつに断ち切る
が　その身体には傷一つつかなかった
鳳の“不滅”の力は　シリアの中にある滅衝還−すなわち黄道十二門そのものをとらえたのだ！
瞬間　マスター＝サモンイントが叫ぶ

「“存在神”のその力　“不滅”なりし鳳の力において
我　冥府王ノービスが司りし冥府の彼方へと
蘇ることなく　永劫につなぎ止めん」

“不滅”が滅衝還の力を斬り裂いた
溢れ出るすさまじいまでの光の爆発　そして力の奔流　
間近で太陽が爆発したかのごとき　超閃光に誰もが目を開けてはいられなかった
世界を消滅させるほどの力と直接ぶつかりあったその衝撃は
波動として外に溢れていた力の比ではない　激しい光爆の中で耐えきれずに　
鳳は消え失せ“不滅”の剣はもはや“抜け殻”の存在となってしまった…
「契約は果たしたぞ　鳳の主…」
口元を歪めて笑みをみせるマスター＝サモンイントの肉体も
次の瞬間　そのかけらすら残さずに消滅した
存在神の“力”を代償とさせることによって
そして　静寂の時が訪れた


上空に残されたのはシリア一人
「…力が消えている…」
ミランの呟き通り　今まであれ狂っていた力が　ぷっつり　と嘘の様に消え失せていた
大氣の震えは止まり　大地も落ち着きを取り戻している　精霊達もみな元の通りに戻っていた
『黄道十二門の力を　“不滅”の力で削り取ったか…』
飛燕には超閃光の中で何が起こったのか　凡そ解っていた
冥府王の“死”を司る力と“不滅”の鳳の力の双方を使って
シリアの中にあった黄道十二門の力を切り放し　それを冥界へと送還したのだ
そしてその力は永遠に“不滅”によりつなぎ止められるだろう
『まさしく　世界を守るには　そして彼女を救うには　それしか方法がなかっただろうな』
もはや“存在神”の力が　黄道十二門の力が　二度と現れることはないだろう…
天空からシリアがゆっくりと降りて来る
「なんとか大陸は残ったな…」
キャロルのその言葉に　ようやくみな自分を取り戻した
思いだしたように熱で異様に溶けて変成した赤茶けた大地の上に
一人ぽつんと立ち尽くすシリアの元へと駆け寄る
「シリア！　なんて無茶なことを…貴方　大陸を破壊する氣だったの？！」
「よせ」
非難がましい声でシリアへと駆け寄るドレイラを　ミランが手を出して制した
「ミラン？」
「見て見ろ…」
言われるままに改めてシリアの様子に目をやった　ドレイラは思わず声を失った
「うう…ううっ…」
くずれるようにその場に座り込んだシリアは　声にならないうめきを上げていた
「嘘だよね…あんたが死ぬなんて…そんなの信じられるわけないわよ…」
うわごとの様に繰り返すシリアの視界に　ふと　きらりと光るものが映る
それは一つの虹剛金（ミスリル）製の水の精霊を具象化したペンダントだった
抑えた色合いにその簡素な造りが少々大人びた雰囲氣を感じさせる

『ほら　ウォーラ　これ買ってやるよ
ま　ガキのおまえには今は似合わんが
いずれ　そんなペンダントが似合う　色氣のある女になれよ…』
そのペンダントはハルノア帝国の建国百年祭の時に買ってもらったものだった
それを手に取り呆然と見ているうちに　不意に視界がぼやけてきた

「…何で…何でなのよ…どうしてあんたが死んじゃうのよぉ！！」
その頬を透明な雫が静かに伝い落ちる
シリアの顔は輝神でも戦人のそれでもない
ひとりの女となっていた
「愛する者を失った悲しみは失った者にしかわからない
…時には世界すら消しさってしまいたいと思うほどに深いものだ　そして…」
不思議なくらい落ち着いた声でミランが言う
そして俺にもその辛さはよくわかる…最後の言葉は自分に言い聞かせるように　心の中だけで呟いた
「そうよね…確かに私にはシリアの氣持ちがよくわかるなんて言えないわ…」
ドレイラも辛そうな眼差しでうずくまるシリアを見つめることしかできなかった
二人ともわかっていた
今のシリアにはどんな言葉も決して慰めにはならないことを
かけてやれる言葉があるわけもなく　
ただ　その様を見守ることしか出来ないことを
「うう…」
身体をふるわせ鳴咽混じりの声でシリアは消え入るように小さく呟く
誰よりも何よりも愛しき人の名を
「セイバー…」
と
失って初めて彼の存在が　どれほど自分の心の中で大きなものだったのかわかった
今なら偽りのない本心を素直に表にあらわすことができる　しかし　もう彼は…
「…セイバーっ！！」
声の限りの絶叫が薄暗い灰色の空へと響いた
生まれて初めてシリアは人の前で涙を見せた
そして生まれて初めて女は男の為に泣いた
ポツリ…
立ちこめた天空の灰色の雲海から静かに雨が降り始めた
「嘆きの雨みたいだな…」
ミランがふと空を見上げて呟いた
細い筋のような雨は　戦いの血生臭さを　悲しみを　すべて押し流してくれるかのように優しく
その身体を包み　すべてを癒し忘れさせてくれるかのように…
その中でシリアはいつまでも涙を流し続けていた
そして　そこにはオーラ一つ漂わない“彼”の剣が墓標のように突き刺さっていた…

ヒカリ　と　カゲ　の戦いは無意味なものでしかなかった
互いの心に深い傷をつけあっただけの不毛なる戦いだった
大陸全土を巻き込む戦嵐に
多くの血が流れ
多くの命が散り
そして多くの力が消え失せた
しかし　終始その様を面白そうに視ていた者があったことに
氣付いていた者は　ほんのひとにぎりしかいなかった
『ククククク…魔王の影響力の衰えたこの時代
ようやく覚醒の時を迎える機会を得たが…
くだらないゴミが随分と力をつけてきておるわ
しかし　我の思惑通り互いに潰しあってくれるとは愚かなものだ
“玉”は倒れ　“均”は主を失い
力をなくしたクソガキの“暗”も所詮“煌”に倒される程度に堕落し
大陸において最強ともいえる“煌”も“情”もその多くを失った
そして　我がもっとも恐れた“神”も無限の力を失った
そして“絶対神”はいまだ蘇らぬ…
あと我の妨げとなるおそれのある者は…
“光”か知らぬ仲ではないな
ククク…待っておれ　我が直々に出向いてやろうぞ』

大陸暦２５４年　周末
大陸中が不安に震えた
精霊が狂ったように騒ぎ
それに氣付いた者達が　突如　歪み始めた世界の氣に狼狽する
存在神の力の働いたあの時とは違う　あまりに異質な氣　　　　　　　　　
今　無限の暗の　虚無の支配する深淵の奥底で　数十億の時を経た　
神々の王“帝”が蘇ろうとしていた…

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