第十ニ楽章「死闘! 妲輝神 VS 魔皇の剣 」

『均』いわく 『運命』とはすなわち星々のさだめ世界そのものなり
そに逆らうことあたわず
『運命』は告ぐ
『煌』と『神』雌雄を決す時来る


「そ…んな 暗王 ですら敗れるなんて…」
杖を握りしめるその手は 心の底から沸き起こる恐怖にかたかたと震えていた
額からは 玉の様に冷汗が留まる事なく流れ落ちる
かすれきった喉からドレイラは その言葉だけを絞り出すので精一杯だった
空を埋め尽くす 淀んだどす黒い赤錆色じみた厚雲が息を苦しくさせる
重圧のごとく重く地上へとのしかかってくる荒涼としてた平原に対峙した
光と暗その両軍ともが あまりの出来事に今や声を失っていた
深くうがったような破壊の爪痕を刻みつけ 無惨なまでに形の変わった大地が
両軍を分けるかのごとく 遥か地の果てにまで続く
それだけでも つい先ほどまでのすさまじい激闘を物語るには十分な程の光景だ
いや 目の当たりにしなければ その戦いは決して信じられるものではなかっただろう
余りにも次元の違いすぎる戦いだった
現世における神話の戦いが
目の前においてつい数瞬の前まで繰り広げられていたのだ
そして勝負はついた            
胎動する朱闇の雲を背に 勝利者はその戦いをただ呆然と見守っていた軍勢を ゆっくり と見
おろした
「ヤツも たいしたことはなかったな…」
低い地の奥底から発せられる 重々しいその響きの中には 聞く者すべてに恐怖を感じさせ 
その背筋を凍り付かせずにはいられないプレッシャーがあった
抑えきれずに全身から噴き上がる何者をも服従させる圧倒的なその闘氣と殺氣
傲然と仁王立ちする姿には魔神すら恐怖する魔界の支配者たる威厳
神皇アルンダティラの落し子が一人“魔皇の剣”ラカンヴァネラ=クライスは不敵に口元を歪めてみせた 
クライスと戦った相手の姿はこの場には残っていない
戦いと破壊の申し子は神話の時代に 聖帝との戦いに敗れ消滅したはずの
“暗と地の子”創造神の弟格である暗王すら打ち倒してしまったのだ
「クライスの力が まさかこんなに…」
天空の覇王の姿をドレイラは未だ信じられぬ思いで見上げていた
戦いの始まる前はそれほどではなかったのに
戦いの中で膨れ上がったその闘氣は 今や
これだけ離れていてさえ叩きつけられるほど直接肌に感じる
もっとも それはドレイラに限ったことではない
同じ光の側に立つ キャロル ルーティ サヴァ シューメンマッハ達とて 同様の感覚を受けていた
誰もがクライスの氣に圧倒され 戦いが終わったと言うのに動くことさえ出来ないでいる
かつて 暗王の側近であった マスター=サモンイントは そのクライスの姿を無言のまま見上げている
降魔神軍勢においても マスター=サモンイント以下 数名だけが表情を揺るがさない
光も闇も残りの雑魚達は みなクライスの迫力に完全にのまれていた
「ヤツは思い違いをしていたようだな いつまでも力関係が変わらぬとでも思っていたのか
甥なんぞには負けぬとでも思っていたのか 甘ちゃんが」
戦いが終わったというのに クライスのテンションは一向に下がってはいない
むしろ再び高ぶりすら見せ始めている 
その口調すら次第に感情がこもって来る
「それになぁ ヤツはこの大陸で 俺と戦った時点ですでに負けていたんだよ
俺とヤツとではこの大陸に対する影響力が違いすぎてたのさ
世界に対する自分の存在が弱くちゃあ 戦いには勝てねぇ…」
深紅色に染まるクライスの闘瞳が 眼下の光の軍勢をねめつける様に動く
そしてその瞳が一点で止まった 
そこにはクライスの深紅の視線を真っ向から受け止め
なおかつにらみ返す淡緑青の瞳があった
「…それより 俺は貴様の方に興味があった 貴様なら久しぶりに本氣で熱くなれそうだ」
クライスの言葉に その場すべての視線が一斉に視線の先の人物に集中する
「なぁ“輝神”シリア=テルティース…俺も噂はいろいろと聞いたことはある
俺はこんな機会が来るのを楽しみにしていたんだぜ 大陸最強の戦人さんよぉ」
全ての視線の先には 軽く腕を組んで上空を見据えるシリアの姿があった
無論シリアの瞳はまったく臆す事なく クライスを直視している
「まったく よくあの中で生きていられたもんだ
あながち 噂も嘘ではないということか」
「…」
「どうした こないのか あれだけタコにされてくやしくはねぇのか? 
それとも俺の力を見て怖くなったか?」
挑発的なクライスの言葉にシリアはようやく口を開く
「…あの手紙 誰が書いたのよ」
「なに?」
「私のところに届けたあの手紙 誰が書いたかって聞いたのよ」
「…ん ああ ありゃミランが 書いたんだよ それがどうかしたかぁ?」

そして クライスはニヤリと口を歪める
「まぁ“あの男”の名を使ったのは 俺だがな…」
視線はクライスとぶつけたままで シリアはふっと腕を解く
「それじゃあ アンタとは戦うしかないわねっ!」
一瞬にして弾ける様にシリアの全身から赤いオーラが噴き上がる
激しく渦を巻き上げたオーラはそのままシリアの右手へと集う
凝縮されるにつれてオーラは一つの剣の形をした物質的な存在を有し始める
「あれは“凰朱雀刀”…」
見覚えのある シリアの右手の小剣にドレイラが声を上げる
「ク クライスと戦うなんていくらなんでも無茶ですよシリア! 
“暗王”の力を持ってさえ勝てなかった相手なんですよ! それを貴方が…!!」
が ドレイラの言葉はそこで途切れた
氣付いたのだ シリアの変化に
赤いオーラ 凰朱雀刀の霊光の奔流と共に噴き出した 
爆発的なシリアの闘氣がその周囲で激しく渦巻いているのだ
その激しさはクライスのものにすら匹敵するほど
強大にしてすさまじい感情が高ぶりに呼応するかのごとく
絶対的な威圧感が シリアを中心として四方を覆う
「なんて風格だ…」
クライスとはまた違う圧倒感に
破魔剣聖であるオーレでさえ無意識に一歩後ずさっていた
この威圧は 己の師匠が雰囲氣に近い が
「だが 何なんだ この有無を言わせない強制力にも似た圧迫感は…」
弟の言葉を兄が引き継ぐ 兄も弟と同じプレッシャーを感じ取っていた
師バルカッゼルにはなかった何かを この少女シリアは持っている
「こ これが伝説にまで語られてきた“輝神”の力ですか…」
シューメンマッハは自分の身体がマヒしてしまったのではないかとすら思った
今やシリアの放つ雰囲氣にのまれ 指先さ えピクリと動かすこともできない
しかし それはシリアの闘氣の余波に過ぎないのだ
その大部分はクライスに向けられている
それでも クライスは面白そうに笑みを浮かべているだけだ
「化物だな どちらも…」
背筋をゾクゾクさせながらも キャロルは両者の桁違いの力と
大陸におけるその存在の強さを冷静なまでに悟った
「ターティス!」
シリアの言葉に応じて周囲を精霊が渦巻く
「私を怒らせたことを 後悔させてあげるわっ!」
風を身に纏い シリアは地を蹴って上空へ舞い上がった
「そうだ もっと怒りを憎しみの炎を燃やせ…」
凰朱雀刀をかざし 激しい勢いで向かって来るシリアの姿に
クライスは口元を更につり上げて嬉しそうに一人呟く
その右腕をすっと天空に向かってかざすと 手の内には不氣味な大三節棍が陽炎のように姿を現した
半透明にして非実体だったそれは疾く この世界で存在を持った
「“破壊”のクライス=ウォーを出現させた…まずは腕試しのつもりですか
あるいはアレで一氣に勝負をつける氣なのか…」
現世に実体化した神殺しの神器クライス=ウォー 巨大なそれをクライスは片手でいとも軽がると扱う
ガギィッ!
凰朱雀刀の一撃をクライスは棍鎚の柄で難なく受け止めると
そのまま 力にまかせて凰朱雀刀の刃を押し返す
シリアが逆らわず剣を引いた瞬間を狙い 凶器の一撃を放つ

ブヴォン!!
うなりを上げる棍鎚を シリアはその場で身体を捻ってかわす
クライスの右腕が伸びきった隙に懐に飛び込み 再び斬激を浴びせかえした

「この勝負 勝てるわけがない…」
上空で始まった新たな戦いに数千の視線が注がれている中
ドレイラが絶望的な言葉を漏らした
「いくら“輝神”などと呼ばれていても所詮 シリアは妖兔 実力もたたが知れています
相手は正真正銘の神なんですよ しかも 魔王の息子の一人…」
「でも 戦ってみなきゃ解らないわ あれほどの伝説にすらなる人ですもの…」
ルーティの言葉を しかし ドレイラは遮って続ける
「ほとんどは 助長された噂にしか過ぎないんですよ シリアにクライスと渡り合える程の力はありません」
「じゃ じゃあ 嘘だって言うんですか!? 今の時代に伝えられている シリア様に関する伝承のほとんどは!?」

サヴァが 驚愕の表情を浮かべる
「たとえ この二百年間 シリアが実力をつけていたとしても
クライスに匹敵する力を得ているなんてありえません
“暗王”のヴァワーですら勝てなかった クライスに匹敵する力を…」
その時 一斉に数千のざわめきが沸き起こった
ドレイラ ルーティ サヴァ達も一斉に上空を振り仰いだ

「奥義 『紅翔閃』!」
一瞬の隙をついて赤い霊波動と化した 凰朱雀刀の刃が天空を疾る
放ったタイミングはまさに完璧だった
クライスが攻撃を仕掛ける体勢に入った刹那のカウンターを狙い 
シリアは剣に秘められた力を全力で放った 七 八 米のクライスとの間合いは
凰朱雀刀の瞬発奥義にとっては 零距離 に等しい
辛うじて捉えうる赤い光の残像が 防御をさせる間も与えずに真っ向からクライスを捕らえる!
「ククク…無駄だ 無駄だ!!」
が その赤光を難なく弾き飛ばすと クライスは一氣にシリアとの間合いをつめる
「な…は 速いっ…!」
予想を上回る素早さに シリアの防御も間に合わない
横殴りに繰り出された棍鎚の強烈な一撃が 
装甲の薄い皮鎧の上から わき腹へとたたき込まれた
命中した部分の皮鎧のちぎれる音に混じって 何本か骨の砕ける音がする
「ぐはっ…!」
傷ついた内臓から血が大量に喉にこみ上げて来る
その勢いでシリアの身体は軽がると後方へ吹き飛ばされ
そのままクライスもシリアの後を追う
辛うじて空に制止をかけ体勢を整えようとするシリア
その眼前に追いついたクライスが現れ 容赦なく節棍は振り下ろされ
かわすことよりも シリアの培った戦いの勘は呪文を選ばせた
血を吐きながらも詠唱を唱える
『た 大氣と風の…ゴフッ…か 回廊よ わが魂を疾く天の標をもて導け…』
フレイルの命中とほぼ同時に僅かに詠唱の方が早く終わる瞬間シリアの身体がふっとその
場から消え失せた振り下ろされた大三節棍が空を凪ぐ
「フン『旋風転移』か…」
クライスはふっと視線を右へ向けるその数十米先に一撃を食らったわき腹を左手で押えた
シリアの姿があった『旋風転移』によって攻撃をかわしたのだった
「あの一撃で致命傷になるのを避けただけでも 立派なもんだってのに 第二撃までかわすか
よ」
戦いの前よりもなお一層高ぶった闘氣を発散するクライスを一瞥し
シリアは灼ける様に痛む自分の左わき腹を見遣った
かなり上位の防御破魔法を付与され 防御力が上昇しているはずの皮鎧は
しかし 神器である「破壊」のクライス=ウォーのパワーを受け止めきれず
命中した箇所は 紙のようにいともたやすく引きちぎられていた
外的な出血はそれほとでもないが その分 内側へと伝わった破壊力は激しく内臓を傷めていた
一撃を食らった直後の激痛はすでにないものの 重く響く痛みが尾を引くように残っている
「肋骨と あと内臓…これなら もう少しで…」
呟き再びクライスを見据える
一方のそのクライスは
「…あ あれを食らって無傷ですって?!」
奥義の直撃を 凰朱雀刀の衝撃波を まともに受けながらも
クライスの身体には傷一つついていなかったのだ
シリアとてあの一撃でクライスを倒せるとは思ってはいない
牽制の一撃としてある程度のダメージを与える目的で放ったのだ
この二百年の間にシリアは 剣の力を限界近くまで引き出すすべを身につけた
現在のシリアの放つ凰朱雀刀のあの攻撃ならば
強固な皮膚によりその肉体的防御力を誇る大型の中級竜
ですら確実に一撃でしとめる程の威力は持っている
「まさか 倒せないまでも 傷すらつかないなんて…」
「我が破壊闘氣の集剛器 クライス=ウォーは…」
シリアとは対照的に クライスは静かに口を開く
「神々の長 上位神の力の込められた神器の一つだ 
凰朱雀刀程度の力なら 剣の影響力に働きかけて封じることも出来るんだよ
そんなチャチな武器じゃ もはやこの俺の身体には傷すらつけることも出来やしねぇ
所詮 貴様もその程度の霊質だ 
武器を封じられれば何も出来やしないのさ」
人を見下した様な その嘲るような口調がシリアの感情を逆撫でた
クライスに対する怒りの感情が爆発的に膨れ上がる
「なんですってぇ! 何もできないかどうか今 見せてやるわよっ!」
更なる激情に身を燃え上がらせたシリアが 左手を大きく天空へと突き上げた
「うわー あんなにシリアを怒らせちゃって…」
上空にいる二人の会話までは聞こえないが 
ミランにはシリアの怒りが更に膨れ上がったのが経験上よーく解っていた
「ボク 知ーらないっと」
「…フフフ」
低い含み笑いの声にミランは後ろを振り返った
上空の様子の変化に氣付いた者がもう一人
マスター=サモンイントだった その口元が嬉しそうに歪んでいる
「主『愛憎』ありし所に存在し 『憎悪』を糧とする者なり
子『闘争』ありし所に存在し『憤怒』を糧とする者なり
それ 彼の者らが比類なき強者なりし由縁…
ククク これからが見ものですね
あの クライスにどこまで善戦できますか…」
マスター=サモンイントも シリアの怒りの増長に氣付いていた
同時にクライスの潜在力もそれに呼応するかのように上昇しているのが

(つ 強い…ちょっと 強すぎるわよ! こいつ!)

凰朱雀刀ではクライスに致命的なダメージをあたえる事は不可能と知り
シリアは呪文による攻撃に切り替えていた
挑発され怒りに任せて次々と放った呪文は しかし どれもクライスには殆ど効かなかった
嵐の様に渦巻く裂風の破魔法が 裁きの光のごとき轟雷の破魔法が すべてクライスには弾か
れていた
「ええぃ…『蒼月竜王斬!』」
シリアの眼前で風が凝縮し 激しい氣圧変化を生じる
風はそのまま 真空の牙を持つ透明な大竜の姿をとるや否
クライスへと襲いかかった
が それもいままでと同じ結果に終わったにすぎなかった
直撃はするもの ダメージがまったくいっていない
瞬間の間も置かずにクライスが間合いをつめる
「ほらほら どうした!」
「くっ…!」
次々とくりだされる棍鎚の攻撃は 少しでも氣を抜けば致命傷の一撃を食らいそうなほ
ど速い
一撃の大きさを身を持って知っただけに シリアは懸命にそれらをかわす
と クライスは体制を入れ返えた為 一呼吸攻撃が途絶えた 
この僅かな隙に シリアは後ろへと飛んで大きく距離をとった
「何なのよこいつ 魔法まで効かないじゃない…」
何かの力が働いているのか 殆どと言っていい程 クライスには魔法の力が効かないらしい
そうなると直接的な物理的攻撃で戦うしかないが
凰朱雀刀はクライス=ウォーによって力を封じられているに等しい
だが はたして剣が使えたとしてもあのクライスのすさまじい攻撃と張り合えるだろうか
あの クライス=ウォーのパワーと…
やっぱり あのクライス=ウォーを何とかしなきゃ勝ち目はないわね…
そして ちらり と背に負ったものに視線を走らせる
布にくるまれたそれは シリアの背丈ほどもあり
細長い物体布のはだけた所から 剣のつかが見える
大きさからするとシリアには不釣合いなぐらいの大剣だ
どうやら こいつを使わざるをえないようね…
再びクライスへと視線を戻し シリアはそれを繰り出すタイミングを計算する
よし…!!
『…天翔紅耀閃!』
凰朱雀刀を 少々大げさな動作で 横へ大きく凪ぎ払う
再度 赤い霊波動が閃光のごとく その刃から放たれた
「無駄だと言っているだろう」
先ほど同様 これでクライスにダメージがいくことはないだろう
しか しシリアの狙いは別にあった
嘲りにも似た笑いを浮かべ クライスは迫り来る 赤い光へと視線を向け
左手をそれに向かって突き出すと 赤光がクライスの手の平に衝突し しぶきのごとく弾け飛んだ
!!
シリアが狙っていたのはその瞬間だった
「ここだっ!」
同時に布にくるまれた 背中の大剣のつかに左手をかけると同時に
シリアはそれを一氣に抜き放つ クライスとはまだ約5米程度は離れている
剣を覆っていた布が払われ 空へと舞った
姿を見せたその剣に クライスは驚愕に目を見開いた
「その剣はまさか…!!」
想像だにしなかった代物の出現に クライスの行動がほんの千分の一いや万分の一遅れた
その為 いつもなら可能な防御膜をとっさに張ることが出来なかった
これがある意味では致命的とも言える差を生んだ
「 いでよ 九つの龍王達! 」
複雑にして 美しく精巧な造りのその剣が 厚く垂れこめる血の色の雲を裂かんばかりに 金色のまばゆいばかりの光を発する
『玖龍咬天咆哮!! 』
剣に封じられし神の力が その戒めを解かれ 九匹のそれは光の波動の中から星神々しいまでのその姿を現す!
「うそっ! あれがこの時代に?!」
出現したそれの正体に氣付き ルーティは叫んでいた
「あ あ あれは“玖皇龍”の剣…!」
シリアが背から放った剣 と 伝承で聞いたことのあるその姿は
冷静にして不敵な態度を常とする シューメンマッハを愕然とさせるに足るものだった
古えの時代 神戦において幾多もの星神を滅っしたとされる
神話中最強の生物 天神龍の吐く息は
神々の霊力を蹴散らし その肉体を完璧なまでに打ち砕く程だったと言われている
神戦の折 両陣営の神殺龍によって その霊魂まで消滅させられ
二度と復活の機会を失った星神も無数に存在する
神殺竜はそれを操る星神々にとっても存在にかかわる 
あまりに危険な両刃の剣だったのだ
しかも 召喚された九匹は 神戦よりも遥か源初の世に
絶対神が使役したとされる 天神龍達の神王たる九の龍王 玖皇龍だった
その霊魂すら塵と化す程の無限の力は魔王すら凌駕る
「いかん! あの距離では間にあわない!」
マスター=サモンイントですら動揺を隠しきれない
「ちっ!」
もはや直接的な防御結界を張るのは無理と悟り 一瞬にしてクライスは考えを切り替えた
あれを直ですべて食らっては いくら“魔皇の剣”と言えどもひとたまりもない
戦いに対する恐るべき勘が クライスの意識よりも早く身体をつき動かしていた
防げなければ威力を弱めるのみ! 勘と経験で鍛え上げられた闘争本能はそう告げる
「クライス=ウォーの影響力において命ずる! 玖皇龍のその力我が…」
しかしシリアの放った玖龍破の目標はクライス自身ではなかった
「いっけぇっ!」
「なにぃっ?!」
九匹すべての龍王は クライスの右手に握られるその神器へと 一斉に絶対的な力をたたき込む
ビギッ…
鈍い音をたててクライス=ウォーにひびが入ったかと思うと それは力の奔流に絶えきれずに灰燼と化す
「やった!」
シリアの放った起死回生の一撃に ルーティから歓喜の声が上がる
ルーティ自身も出現したその龍の正体を知るがゆえに その恐ろしさも十分承知していた
「げっ! シリアってあんな危ない剣を持ってたのか?!」
ミランもこの一撃には さすがにど肝を抜かれた 思わず腰の“平晏飛燕剣”に手をやる
「て 敵に回したのは ホンッキでヤバかったかもしれない…」
「シ シ シルバー様ぁ…」
後ろから聞こえるトニーの声は完全に裏返っていた 殆ど泣きそうな顔でミランの裾を引っ
張っている
「えぇいトニー 今更泣き言を言うんじゃない! こうなってしまったからには…やっぱ 逃
げましょ」
こそこそとミランは後ろへ下がる トニーも慌ててそれにならった
「…」
クライスは消滅してしまった神器を つい先ほどまで掴んでいた右手を無言で見つめていた が
「…やってくれるではないか 直接俺を狙って来ると思ったが まさか神器が狙いだったとは」
顔を上げるクライス その表情には嬉しそうな笑みが戻っている
「それに…」
クライスは シリアの手にしている大剣へと目をやった
シリアが両手で構えるその大剣は 刃渡りだけでおよそ1米と半
シリアの背丈と殆ど変わらない つかから刀身にかけて剣自体が複雑な形状をしており
彫刻され創られた剣にはない 自然にして壮麗なまでの美しさを具現している
「“玖皇龍”か 貴様がそれを持っているということは あのリアンフルを倒したということか」
「…そうなるわね」

「俺ですら ヤツとは引き分けだったというのに まったく大したヤツだ
どうやって リアンフルのその剣の力を封じたのかは知らんが
やはり 大陸最強の名は伊達じゃないってことか
ククク…まったく嬉しいぜ こんなに楽しいのは久しぶりだ…」
武器である神器が消滅したというのに クライスの顔からは笑みが途絶えない
いや その闘氣も 感情の高ぶりも さらなる高揚感を持ち始めている
凰朱雀刀が赤い光となって右手から消えると 今度はシリアは“玖天龍”を両手で構えた
ニタリ と 口元を歪めると クライスは呪文の詠唱を始めた

『 我が存在は“剣” 我が存在は“戦” 我が存在は“覇”
六道の炎羅 七つの蓮獄門 八柱の赤き戦帝
血族の長たる 汝らが支配者の霊命を聞け』

クライスの身体を紅蓮の業火が包み込むと その姿が炎と共に次第に薄れていく
完全にその姿が失せた後 何もない空間から業火が八カ所 突如として吹き上がる
それぞれの炎の中にクライスの姿を具現化しながら
「魔王八炎陣最終体型…」
八人となったクライスが シリアを円を描いて取り囲む
「八人…」
さすがにシリアの額に汗が浮かぶ 四方に目を配り“玖皇龍”を持つ手に力がこもる
「さぁて これには耐えられるかな?」
一斉に全てのクライスが呪文の詠唱へと入る
八人のクライスのすさまじい氣の高まりに 周囲の大氣が激しく震え鳴動する
暗朱の雲はさらに厚く増し 上空で嵐のごとく渦を巻き始めた
大氣の振動が衝撃となって 大地で戦いを見守る者達の肌をびりびりと震わ
せる
クライスの口から同時に 同じ詠唱が紡ぎ出された

『 死断を司る 黒き閻魔が群霊どもよ 重ねて在を苛(せ)め尽くせ… 』

シリアはとっさに皇龍を眼前にかざした

『シリア=テルティースの大陸支配力と  『到達』を司りし玖皇龍が影響力において命ず
我が存在を傷つける 破壊の具現は許さぬ
従たるすべての力をもって それを阻止すべし』
『死黒苛烈怒沸騰連撃(メルギオズ=メキド=ブレアス)!!』
クライスの最後の唱和の瞬間 破壊の爆流が現世への門を打ち砕いた
『我を守護せよ! 九つの龍王達!』
玖皇龍の刀身が再び 光の波動を解き放つ様 具現化した豪大な災い がシリアを包み込む! 
黒き獄閻は一瞬にしてその身体をなめつくし 破壊の暗の中へと引きずり込んだ
大氣が鋭い悲鳴を上げる 
激しい陽炎がたちのぼり 黒い炎の周囲の空間が歪んだ
下の大地は熱に焼かれ 見上げている者達にも容赦なく燃えるような熱風が襲う
「シリア様ぁ!」
「シリア!」
「シリア殿!」
黒い炎の空間に向かって 口々に叫びが飛ぶ
八人のクライスはシリアを包み込んだ その空間を見つめ低い笑いを漏らしている
「輝跡(かがやき)のカミか…」
その闘氣は未だ引いてはいない クライスは再び一人へと戻ると
その脳裏に次の展開に対処するすべを思い描いた
「消し飛んでしまったのか…?」
メキドの空間を見上げるオーレ兄の声は震えていた
「そんな あの伝説のシリアさんに限って…」
サヴァががっくりと膝をつく
「いや メキドの炎がまだ消えていないわ」
拳を握りしめ ルーティが空を仰ぐ
「でも…メキドから逃れるすべは…」
ドレイラが消え入りそうな声で呟いた
「ををっ!!」
上空を振り仰ぎ ミランは驚きとも歓喜ともつかない声を上げる
「今度こそやったか?!」
再び元の所へと戻って来ると
「マスター=サモンイントさん マスター=サモンイントさん
今度こそ絶対確実ですよね? ね?」
「…」
メキドの空間を見据え マスター=サモンイントは沈黙を守ったままだった

黒い空間がゆっくりと赤へと変化していく メキドの冥界の獄焔の影響力から 自然なる炎の力へと戻り始めたのだ
とその時!!
ゴウッ と炎の中から再度九匹の龍王が姿を現した! 
金色のオーラが一瞬にして 残りの炎をかき消す
「玖皇龍よ“魔皇の剣”を滅っすべし!」
放たれた龍王達が空を飛翔するクライスめがけ 神殺の霊力をほとばしらせる
『クレーベ ドゥラス ヴェイ 怨呪の縛鎖につながれし業炎の獣王達よ…』
迫り来る皇龍達を避けようともせず クライスは悪魔にも似た呟きを唱え始めた
耳の奥底に残るように響き 腹を圧迫するかのような不快な低音が大氣に響きわたる
詠唱につれ そのクライスの周囲を 濃度の濃い赤き霊氣が取り巻く
『滅獄閻獣爆!』
瞬間 八匹の炎に包まれた巨大な獣が その霊氣を吹き上げて出現する!
肉体を持たない霊的エネルギーに近い存在 しかし その全ては破壊と殺意の思念のみで形成されている
シュゴォォォォ!!
九匹の龍王と 八匹の死魔の赤獣が両者の間で激突した!!

ゴゥゥン! 超越的な力と力の激突に 大氣が轟音を轟かせる
龍と野獣が衝突するごとに生じる 衝撃波の余波が大地へと降り注ぐ
ある者はそれに吹き飛ばされ またある者は運悪く潰されていく
お互いの力をぶつけ合い 波動を散らし 龍と野獣は次々と消滅していく
ヴァシュッ ヴァシ ヴァシ ヴァシッ…
想像を絶する力の衝突に プラズマ化した大氣が 周囲一面に焦げた臭いを漂わせる
「さすがに クライス=ウォーなしでは メギドのパワーも落ちるか…
だとしても 破壊の極のメギドに しかも八分身で放ったメギドに耐えたヤツなんざぁ初めてだぜ
こりゃマジに本氣で楽しめそうだな」
「冗談じゃない…玖皇龍を防ぐ術まで持っているの…」
自身の大陸における影響力と 皇龍の防御能力によって
クライス最強の攻撃に耐え抜いたシリアは 再び皇龍破を放った 
今度こそ 絶対の勝利を確信して……
しかし クライスはそれすら防ぐ術を持っていたのだ
シリアの額を一筋の汗が流れ落ちる
クライスより早く皇龍破を放たなければ防がれる…
しかし それが不可能に近いということはシリア自身にも解っていた
クライスの雷激の如きスピードは 僅かではあるが 確実にシリアの旋風を上回っているのだ
先制の攻撃が不可能となると あとは不意をつくか あの野獣ごと潰すしかない!!
刹那 シリアの脳裏を一つの考えがよぎる
これならば おそらくあの野獣ごとクライスを倒すことも
いや 消滅させることも可能だろう
しかし 同時にそれが最も危険な手段であることも解っていた
セイバー そしてバルカッゼルからも 絶対に使うなと言われていたその呪文…
シリアは唾を呑み込み そして決断した

禁呪光臨 しかないと

『…我が姿我が存在 しばし偽りの衣の内へと留めん』
詠唱と同時に シリアの姿が揺らぎ 透き通り始めた
「ほぅ…」
一体何をやるのか 興味深げな眼差しでクライスはシリアを見ている
やがて そのクライスの目の前で 大氣に溶けむ様にして シリアの姿は完全に消えてなくなった
「…」
クライスは沈黙したまま シリアの消えた空間を身微動だにしない
死闘の中に不氣味なほど静かな時が訪れた
実際にはシリアの身体は消えたわけではなかった
高度な幻覚の破魔法によって 五感のすべてを欺き
存在はもちろん 氣配まで完全に隠したに過ぎない
無論それは次なる呪文の為の 時を稼ぐためだった
姿をくらませたまま それでもなおかつ悟られないように
然なる風と完全に同化し クライスの左手上空へ大きく間合いを取るように自らを流した
今やシリアは風の一部であり そのその存在に氣付くものは誰もいない
ぴくりとも動きを見せないクライスを見下ろしつつ シリアは両腕を大きく天へと差しだした
そのまま軽く手首が触れ合う程度に寄せて ゆっくり と瞳を閉じた
クライスが動く前に勝負は決まる…
止水のごとく出来る限り心を落ち着かせ 慎重に詠唱を唱え始める
失敗は許されない 集中が乱れないように 全神経を呪文の制御に注ぎ込む
その為の幻術だった
『 眠りを覚ませ 太古の禁呪よ 現世への扉は今開かれん
無限にて絶対なるその源 我が導きにて すべてを消しさらん… 』
火系雷光位魔導 最奥秘義 禁呪光臨         
過去においてこの技を極めた者は 長き妖狐王国期 
あるいは それ以前の古妖精文明期においてすら皆無に等しい 
なぜならば それはすでに魔法という霊質をはるかに超越した 
神の力の領域に繋がる御技であるからだ
光の極限たる力の具現 それが禁呪光臨であり その破壊力は常識では計り知れない
それ故 この技は修得者ですら その余りの恐ろしさゆえに 使うことを極力控えたという 
その制御に失敗したとき 己すら巻き込む可能性があるゆえに
かざしたシリアの両の手の平の中に 黄金の淡い輝きをした小さな空間が出現し始める
それは光の力を現世へ呼び込む“門”だった 
無尽蔵に流れ出て来る無限の“圧力”の制御に意識を集中させながら
シリアはその“門”を維持し更に“力”を導く
光の濃度に変化はないが 確実に密度は増し続けている
すでに並の呪文の破壊力を遥かに凌駕している
が まだこれじゃクライスを倒せない もう少し…
眼下のクライスに今だ動きはない
幻術は呪文のエネルギーの波動も隠しているはずだ
そして 呪文を解き放った時が戦いの終焉
全ての防御結界ごと クライスを吹き飛ばす!
「大氣が鳴っている…」
シリアの姿が消えてから クライスも動かなくなった
動きの止まった戦いの場を見遣っていたルーティがぽつりと呟いた
上空にこれといった変化はない しかし直感が告げている
「嵐の時が 訪れるわ…」
「玖皇龍まで封じられ シリア様は一体どうするつもりなのか
…まさか まだあれ以上の力を持っているとでもいうのですか…」
シューメンマッハも何かが起ころうとしていることを 
シリアが何かを仕掛けようとしているとを 漠然と感じ取っていた
だが 同時にクライスがまったく動かないことがひどく不吉に思えた…

いける!

すでに“門”によって呼び込まれたエネルギーの破壊力は
獄閻−メキドの許容力すら凌ぐ程に膨れ上がってた
あとはこれをクライスに向かって叩きつけるのみ
両腕がその動作に入ろうとした瞬間
シリアは見た
クライスがこちらを向くのを
その視線が確実に自分を捉えているのを
「俺が氣付かんとでも思っていたのか?」
静かな口調で呟いた瞬間!!
ゴヴゥッ!
黒き炎にも似た衝撃波が疾る
ブシュッ…
シリアの右手首が鮮血を散らして吹き飛んだ
「し しまっ…!!」

驚愕 そして 激痛のあまり 呪文の集中が解ける
残された左手が呪文を放ち終える よりも早く
凝縮された禁呪光臨の膨大なエネルギーが制御を失い暴発した

ゴ_
ウ_
ゥ_
ゥ_
ゥ_
ゥ_
ン_
!_
!_
!_

まるで太陽が弾けたかの様なまばゆい閃光が 一瞬にして大陸全土を覆い尽くした

暴発の寸前 シリアの背に負った玖皇龍の剣が輝きを発したかと思うと
龍王達が己の剣の所有者を危機から護るべく 自らの意志で出現していた
メキドを防いだ時の様に鉄壁の守護結界をシリアの周囲に展開する
しかし三度もの連続的な力の行使によって 龍王達の物質界への存在具現力は弱まっており
そのいくらかは防いだものの 残りのエネルギーは威力の落ちていた 龍王達の防御陣を貫き
“門”によって引き込まれた その力を召喚者自身へと解き放った

光の波動に シリアの身体が引き裂かれた

「その技はすでに一度見せてもらっている もう 二百年以上も前になるがな」
直接の光のエネルギーは届かなかったが 生じた激しい爆風にクライスの髪が大きくなびく
「しかし あっけない幕切れだったな」
ズガッ!

主を失った玖皇龍の剣が落下し 斜めに大地へと突き刺さった
続いて
ドシャァァァッ!!
赤い雨と一緒にシリアの身体だった肉片がその側に散らばる
あれだけのエネルギーを至近距離で受けながらも 肉片が消滅していないのは
龍王達のとっさの防御陣のおかげかもしれない 
しかし それは肉体の完全な消滅を免れただけに過ぎない
圧倒的なまでの力に 左腕は肩からもぎ取られ 肘から先もばらばらに飛ばされている
右腕も同様に二の腕までは 首と同様に上半身とかろうじてつながってはいるが
手首から先が吹き飛ばされている
胴体は腹部から引きちぎられ 下半身には左足しか残されていない
ちぎれた右足は それと解らないほどに破壊されていた
大地が一瞬にして朱の池に変わった
輝きを失って側の大地に立つ剣が まるで主の墓標の様にも見える
血の海に沈むそれらの肉片は すでにぴくりとも動きはしなかった…
すべての者が完全に声を失っていた
誰もすぐには目の前の事実が理解できなかった
あまりに あっけない戦いの幕切れ
シリアが死に クライスが生き残った
ただ それだけの出来事だ
しかし その目の前の光景はあまりに現実離れしすぎていたのだ
「シリアが…死んだ…?」
亡然とした表情で ドレイラが感情のまったく失せた声を発する
誰に問うわけでもなく それは自分自身への確認だったのかも知れない
理性が現実を懸命に拒否しようとする 奇妙な葛藤が
自分の心の中に沸き起こっているのを なぜだか冷静に感じ取ることが出来た
「う…あ…っ!!」
鳥肌のたった全身に どっと冷や汗をかきながら
大きく目を見開き 血の海を見つめていたサヴァが突然
後ろを向いて激しく嘔吐し始める 
彼の理性も今になってようやく現実を受け入れたのだ
氣弱な性格は惨劇を目の当たりにして 切り刻まれるような衝撃を受けていた
蝋の様に顔面を蒼白にして 逆流してくる胃液をしきりに吐き続ける

生臭い血の匂いが風に運ばれて マスター=サモンイントの所にまで流れて来た
「契約は未だ解かれてはいない 彼女の死した魂は未来永劫に冥界の底につなぎ止められ
二度と復活するとはありえない…」
冥界の王マスター=サモンイントの呟きの意味するところを
その場にいるすべての者がはっきりと理解した
その言葉は すなわち 絶対的な一つの判決が下されたに等しい
「輝神伝説の終焉…」
オーレ兄の呟きには絶望的な響きが込められていた
「これでクライスに勝てる者はいなくなってしまった…」
同時にアホンダウラ降魔神軍から大歓声がどっと沸き起こる
それは 新たなる勝利を得たクライスをたたえるもの その名を唱和するもの
あるいは光の象徴でもあった輝神の死 
そしてすなわち大陸における暗の勝利を謳歌するものと様々だった
「い…い…ぃやったぁ!!!」
一際大きな声を上げミ ランが飛び上がる
「とうとうやりましね アホンダウラ様!」
「ああ! 長かったなぁ 
思えば二百五十年もの昔 にっくきあのシリアが歴史の表舞台に現れ
てから ずーっ と ずー っと我々はあいつにおびえて過ごしてきた」
「わかります わかります その氣持ち 私もそうでしたから
ことあるごとに どつき倒され いじめられてきた あの辛く苦しかった日々! 
でも それも今日で終わり これからはもうおびえて暮らすともないんです!」
「ああ…わし生きててよかったぁ…」
「すきっぷ すきっぷ ランランラン」
ミランとアホンダウラが至上の笑顔を浮かべて 肩を組み合って踊っている
それはまるで前途ある若者が その輝かしいはずの青春時代を
突如 訪れた理不尽な奴隷生活によって奪い去られ
長年の苦役と苦悩に その身をさらされながらも
耐えに 耐え 忍びに 忍んだ すえに
ふらり と現れた 心優しき救い主によって
再び得ることの出来ないと思われていた自由を手にした
そんな者達が見せる 辛い過去との決別の笑みをたたえた表情にも似ていた
「ありがとう クライスさん!」
「ありがとう クライスさん!」
当のクライスはそんな二人など眼中にないらしく
再び 宙に留まったまま眼下に視線を巡らせる
「さぁて 次に骨のありそうなヤツぁ…」
その視線が興味深そうにキャロルの姿を捉えている
やはり 唖然とした表情でシリアの敗れさった姿を見やっていたキャロルは
クライスのその針の様な視線に氣がついた
そのクライスを見上げ 一瞬 頭の中で考えを巡らせてから
「とりあえず玖皇龍を確保しておくか…」
と 大地へと突き刺さった皇龍の元へと歩み寄った
「お キャロルの奴皇龍を取るつもりか? 
あんな奴に あんな危ない剣を持たせたりしたら たまったもんじゃない
あれは私が没収 いや違った シリアの形見として永久に保管しましょう」
「ものは言いようだね ミラン」
「言葉の魔術師と呼んで下さい じゃ アホンダウラさん
祝勝会は 例の幻霧の都 スゥシィ&テンプーラ亭 でってことで」
「オッケー ばっちり座敷の予約を取っておこう」
玖皇龍はミランの位置からよりも キャロルの位置からの方が僅かに近い
ミランはキャロルよりも先に剣を掴むべく 駆け足で向かった
「まさか シリアが死んでしまうなんて…
腕とか脚とかがちぎれても死なない 無敵な人だと思っていたのになー」
呟くキャロルの視界に 同じように剣に駆け寄って来るミランの姿が映った
「ミランのヤロー 先に剣を取るつもりか? そんなことはさせん」
キャロルも駆け出そうとした その時
ズッ…
微かに大地を引きずる音が聞こえた 訝しげな表情で足元を見つめるキャロル
そして その表情と共に 動きまでが凍り付いた
血溜りの中に転がっているシリアの ぐちゃぐちゃになった右脚だったもの
それがなんと ぴくり と動いたのだ
キャロルが見ているその目の前で
幻覚などではなく マジで
そしてそれがまるで生きているかの様に ズルッズルズルッ と血の跡を引きずりながら
ゆっくりと大地を移動し始める それは玖皇龍の側のシリアの上半身の転がっているあたりを目指すかのように
キャロルは言葉を失いつつも心中では嗤い その右脚の動きをじっと眺めてみることにした

「なんだ? あいつ剣を取るのは諦めたのか?」
動きの止まったキャロルを不思議そうに見ながらも ミランは一氣に剣の側まで駆け寄った
側の血の池に沈むシリアの肉片にちらりと目を向け 少しばかり表情を雲らせる
「だけど ちょっとむごい氣もするな…後で墓ぐらいはつくってやるか」
その時ミランの目には 血の池の中の肉片が動いたかのように見えた
「んん!?……氣のせいだよな きっと」
ガクン!
玖皇龍まであと数歩の所で ミランは突如体勢を崩して 前のめりに転けた
それは何かにつまづいて転んだというより 足を掴まれた様な感じだった
「何だ? 一体…!!!!」
足元に目を向けたミランは 全身の血が一瞬にして凍り付くような戦慄を覚えた
「※◎◆∞¥$&☆っ!」
上げたはずの叫び声は言葉にもならなかった たとえ心臓をわし掴みにされたとしても
いつものミランなら これほどの衝撃と恐怖は感じなかっただろう
心臓と一緒に 理性までが張り裂けんばかりの猟奇
ミランの足首を掴んでいたのは
吹き飛ばされたシリアの左手首だった
悪い夢だと思いたかった
だが しっかりと足首を掴む力は 紛れもない現実なのだ
「ミ…ラ…」
消え入る様なか細い声
しかし それは絶対に聞くの出来ないはずの声
機械じかけの人形の様にぎこちない動きで
ミランは首を巡らせた
「あ…う…」
喘ぎ声を漏らしながら 血の池の中でまぎれもなく それは動いていた
ズル ズル ズルズルズルズルッ…
周囲に散らばるかけらが大地を引きずって動いていく
右腕 右足 下半身 そしてミランの足を離した左手首
それはまるで元あった形に戻ろうとするかの様に
次々と小さな肉片とくっつき合い 血の池の中心の塊へと向かう
「ガ…ハァッ…」
ちぎれたはずの下半身が上半身と一つになる
神経細胞が 毛細血管が 骨が 
しゅうしゅうと音を立てて自己再生され 肉体を元の状態へと変化されていく
そして 右手首が 腕の部分とつながった その時
シリアは無造作にくっつき合った その右手を大地につき
倒れ臥した身体をもたげ上げた
「ハアッ…ハアッ…」
腕の継目の傷が再生の音をたてて次第に消えていく
油汗なのか あるいは冷や汗なのか
シリアは額にはびっしりと汗を浮かべ うつろに焦点の定まらない目を大地へと注いでいる
全身を震わせる様に 荒く大きな呼吸が繰り返され 
いつのまにか 殆ど元の状態にまで再生された右足が その身体とひっついた
「ミラン…」
とシリアが呟きつつ 腰が抜けた様にへたりこんだままのミランの方を振り向くと
苦しそうなその顔に 優しげな笑みが浮かぶ
ミランの限界は そこまでだった
「うっ ぎゃぁぁぁぁぁぁ!」
脱兎のごとき勢いで逃げ出すと 一瞬にしてマスター=サモンイントの背後に隠れる
アホンダウラも いつの間にかそこにいた
「ママ マ マ マ マスター=サモンイントさぁん!! 
し 死んだら生き返れないんじゃ なかったんですかぁ!! 何で 何で 何でぇ?!」
「おお お お お お前 冥界の王じゃなかったのかぁ?! 契約は 契約はどうした?!」
アホンダウラも動揺しまくっている 一方のマスター=サモンイントはきわめて冷静に
「それは死んでいないからです 契約は死んでしまった魂を冥界に束縛するというものですから」
「いーっ?! んじゃ あ あ あれで死んでなかったっていうのぉ?!」
「そんな そんなのってありぃ?! あれじゃ化物じゃないかぁ!」
口々に叫ぶミランとアホンダウラ
「ほぅ…」
上空からシリアの復活する様を見ていたクライスは すーっ と大地へと降りたった
「肉体再生が出来るとは知らなかったぞ しかも リフィラムのヤツよりも強力だな
…なるほど どうりで最初のクライス=ウォーのダメージが残っていないと思ったが
自然回復してたってワケだ」
引き裂かれたシリアの肉体は 今やほぼ完全に再生されていた
時が経って黒く変色し始めた血溜りから ゆっくりと身体を起こす
皮鎧や衣服は肉体が破壊された時にすでにずたぼろになっていた
大地に広がる血の華から 一糸纏わぬ姿で起き上がろうとするその様は
黒い死の淵より出だたる 女神の新たなる誕生の様にも見えた
輝神は再び蘇った         
「ハ…ハハ…やっぱ こうでないとな…」
と口では虚勢を張りつつも 自分の目の前でちぎれた肉体を再生させ蘇ったシリアの姿に
キャロルは頭の中が真っ白になりかけていた 
かろうじて白紙に染まらずにすんだのは そのシリアが自分へ声をかけてきたからだった
両腕でその裸体を抱くようにうずくまったまま キャロルの方に首だけ向ける

「キャロル 悪いけど…羽織るモノ貸してくれない?」
「は?」
一瞬ほうけた顔をするキャロルに シリアは恥ずかしそうに小さな声で繰り返す
「だからぁ 羽織(マント)…」
「あ…は はい」
慌てて肩の止め金に手をやって自分の羽織(マント)を外すと
キャロルはそれを持ってシリアへと駆け寄る
「ありがとう まだ下がっていたほうがいいわよ」
差し出された羽織を受け取ると シリアはそれを手早く身体に巻き付け裸体を隠し ようやく立ち上がった
「クックックッ…まったく 嬉しいねぇ 嬉しいよ
俺はこんなヤツが この世界に この時代にいるなんてよ
神々の大戦の時だって これほど身体中の血が騒いだことはなかったぜ
さっきの技ありゃ禁呪降臨だろ 話で聞いたことがある
玖皇龍の剣の次は 力素魔導秘奥義か
…俺にはわかる 貴様はまだ力を持っている
いままで以上の力がまだ残されているはずた
来いよ もっと戦いを楽しもうぜ
その秘められた力を解放してこの俺を喜ばせてくれよな…」
相手が強ければ強いほど 身体が震え 血が騒ぐのだ
戦いの中に己を見いだし 戦いこそが自らの存在意義
それゆえ戦いにおいてはクライスは無敗だった
燃え上がる激しき怒りの感情は その身を限りなく強くし
深き憎しみの炎は 限りなくその力を増加させる
まるでそれを糧とするかのように 
相手が強ければ強いほど 自らも限界なく強くなる
それが“魔皇の剣”だった
そうして クライスは今まであらゆる敵に打ち勝ち
それを葬り去ってきた たとえそれが神々でさえも
「リターンマッチ…と いきたいところだけど」
大地に刺さった玖皇龍へと歩み寄り 無造作にそれを引き抜く
シリアは片手で構え その切っ先をクライスへと向けた
と 同時にその脳裏にふっと蘇るある科白(セリフ)

(俺は“輝神(かみ)”を尊敬してはいるが 愛せはしない)

駄目やっぱり“あの力”だけは使えない
ううん 使いたくない…
「…ご期待にはそえないかもね
力素魔導秘呪文に この玖皇龍の剣 これ以上の力なんてないわ
だけど これだけの力があれば あんたには勝てる
いえ これだけで勝たなきゃいけないのよ」
きわめて平静な表情を装ってはいるものの
わずかにためらいの色が浮かんでいるのを クライスは見逃さなかった
自分の強さに対する恐怖ではない ましてどう戦うべきか戸惑っているというのでもない
それは間違いなく これ以上の何かを隠す そういうためらいだった
決断に迷っている いやその決断自体を 打ち消そうとしているのだ
間違いねぇ まだ、最大の力の解放をためらってやがる…
クライスはシリアの表情からそう判断を下した
「クライス…本氣で戦いたいのですか」
声を発したのは マスター=サモンイントだった
「ああ これほど楽しい戦いだ これで終わりにしたくはねぇからな
俺も100%のパワーってヤツを出してみたいんでな
いままでどの神も出させてはくれなかった この俺のフルパワーってヤツを」
クライスのテンションは下がる様子をみせない 
マスター=サモンイントはクライスの心底嬉しそうな表情に その口元を釣り上げた
「わかりました…」
マスター=サモンイントが呪文の詠唱を始める
その低く複雑な呟きは 人間達には理解できない響きだった
詠唱を続けながら 右掌をクライスの方へと向ける
「ありがとよ」
クライスに外見上の変化はなかった 
しか しクライスはマスター=サモンイントに満足げな返事を返し てシリアを直視した
その瞳が不氣味に底光りしている
「…シリア=テルティース 大陸中を巡って色々な経験をしてきた様だな
250年前の魔王との戦い そして大陸革命…」
「…?」
突然のクライスの言葉にシリアは戸惑った
一体 クライスが何を言いたいのか解らなかった
「…ほぅ セイバーか ふむなかなか面白い男ではないか
しかし まさかあの時の小娘が貴様だったとはなぁ
ククク あんな茶番劇を演じていたとは よほど自分の存在がイヤだったとみえる」
「!! まさか心を読んでいる…?!」
シリアの表情に動揺が走る
クライスはそんなシリアの顔を楽しそうに眺め 言葉を続ける
「もっとも くだらないことも限りなくやってきたようだが
…ほほー これは これは興味深い
大陸一の女傑にもいっぱしに恋心があったとは 一人の男に完全に心が捕らわれているな」
「やめろ! クライス!」
逆上するシリア顔を朱に染め 激しい怒りに全身を震わせる
「しかし こんな男のどこがいいんだか ハハハッ こりゃひでぇな
女と みりゃ おかまいなし とんでもねぇ色好み ケダモノだぜこいつ
女たぶらかすのは日常茶飯事 夜這いなんか当り前
その自己陶酔の色魔が 仮面を被ぶる心理には
自暴自棄に陥るまでの 化生(バケモノ)たる己の絶望を抑えつける故か 
クク 難儀よのう…その上 よほど己の能力をもて甘すのか 力を棄て
弱き人間に変わろうなどと愚悩する 只の種無しの…」
一瞬 クライスは間を置き 最後の言葉を言い放った

「この世の廃棄物(ゴミクズ)だ…」

プツン

怒りが瞬時にして臨界をこえ とうとう シリアの頭の中で最後の一線がキレた

ふと クライスはシリアの身体から その闘氣が消えていくのに氣がついた
あれほど激しかった怒りのオーラが 失せる様に引いていく

闘氣が完全に無となった

シリアがうつむいていた顔 をゆっくりともたげ上げる
その顔からは表情はおろか 感情というものまでもがなくなっていた
「セイバーのことを…馬鹿にするヤツは…誰であろうと 許さない……」
青みを帯びた薄緑の瞳がクライスを射抜く
瞬間 今までのシリアよりも遥かにすさまじい威圧感がクライスの全身を駆け抜けた
クライスほどの魔人でありながら その心臓を握り潰されんばかりの迫力が その瞳には宿っていた
「お望み通り見せてやるわよ 私の今の“真”の力…
そして 後悔させてやる
触れてはいけないモノに 触れてしまったことを」
「ハッ ようやく 本氣になってくれたかい…」
クライスの瞳が細くなる その闘氣がさらに爆発的に膨れ上がった
シリアの怒りに呼応しているのか クライスの纏う闘氣は際限なく上昇していく
すでに周囲に物理的なプレッシャーを与える程に凝縮された氣は
肉眼ですら把握できる程までに 存在力を有していた
クライスを見たままシリアは動かない
先に仕掛けたのはクライスだった
『我が忠実なる下僕 獄層にうごめく 邪なる触魄(アク)霊のカミガミよ
我 剣の王の名において命ず
かの 軍配爾令威劫(ライルネブラ・システム) 第五番星神位 煌星(クライス)
大いなる神々を裁きし 神王(トゥルース)の剣 滅霊の腕 を我が手に』

その右腕に陽炎の様に黒いオーラがまとわりつく
「神殺しの秘奥義を食らいなっ!」
クライスの姿が消える ついにクライスの動きが動体視力を越えた
残像を残したまま 同時に距離をつめ オーラの纏った右腕をシリアへと振り下ろす
すでに常人の目で追える早さではない
この場にいるものすべてには 黒い筋が空間を疾った様にしか見えなかった
シリアの身体がふわっと流れるように横に動く
しかし 遅い!
「輝神 殺ったぁ!!」

ザウンッ!


見切ることすら不可能ともいえる神殺しの黒い閃撃が
シリアを真っ二つに両断した!
ブシュゥゥゥ…
鮮血が宙へと飛び散る
「ぐはあっ…」
しかし 叫びを上げたのはクライスの方だった
力が抜けたようにその巨大な体躯が崩れる
ガクッとその場に片膝をつき 身体の倒れ込むのをとどめると
クライスは自らを襲った激痛に脂汗を浮かべながら
その元へと視線を向けた
ボタ ボタ ボタ…
大地へと血が流れ落ち新しい朱の華を咲かせる
クライスの肩口からわき腹へとかけて斜めに大きく傷口が開いていた
「これは…そんな莫迦(バカ)な…」
自分の身体についた傷を見 愕然とするクライス
そして黒いオーラを纏った自分の右腕を 信じられないといった表情で見つめた
「何故“魔皇の剣”の一撃が俺に…!」
自分の纏っている鎧ですら あっさりと斬り裂く迄の威力
それこそ “魔皇の剣”によるものだとクライスは悟った
神器クラスの防御力をもつ この鎧を破壊することが出来る程の
けた違いの攻撃能力なぞ“魔皇の剣”以外には有り得ない
古えの時代に数え切れない程の神々をほふってきた
強大無比なる“魔皇の剣” それ以外には
まさかこいつが“魔皇の剣”を?! いや そんなはずはない 
ならば何故だ? …俺の攻撃を跳ね返したというのか?!
クライスは顔を上げ 両断したはずのシリアを見上げた
シリアに変化はなかった
先ほどと同様に感情の消えた表情で 威圧のある視線で自分を見おろしていた
クライスには それが自分を嘲っているかのように見えた
「ざぁけんなぁ!!」
クライスが地を蹴り跳躍した 右腕の“魔皇の剣”を間髪いれず 続けざまにシリアへと繰り出す
黒い閃光が四方八方からシリアへと襲いかかる

フワッ…
風のごとく優雅に身体をさばいて シリアは“魔皇の剣”から身を避け続ける
しかし やはりその動きにはスピードがない
クライスの“剣”は確実にすべてシリアを捉えていた
どれも急所といえるべき位置に命中し 致命傷となる打撃を幾度となく与えているはずだった
すべてに手ごたえもあった
しかし 現実にはそれでもシリアは軽やかに身を踊らせ続ける
一滴の血も流すとなく

ブシュッ ブシュッ…

クライスの左腕が わき腹が 頬が 斬り裂かれ 次々と血が噴き出す
シリアへと切りつける度に クライスはその身に新しく傷を増やしていった
「く…」
大地を満たさんばかりの血の海に 再びクライスが膝をつく
全身の血液がすべて噴き出してしまったのではないかと思うほどの おびただしい出血量だった
「何故だ 何故なんだ…こんなこんな小娘ごときに…この俺がぁ…」
自らの怒りの感情を糧に クライスはその闘氣をさらに奮い立たせる
より強く 何者よりも強く 己を高めるために
しかし クライスは未だシリアの真の変化に氣が付いてはいなかった
あるいは氣付いていれば 不思議に思ったかもしれない
怒りを糧として限りなく強くなるはずの自分が 
どうしてこの状況においてこれだけ傷を負ったのかと…
クライスは とうとう真の“輝神(かみ)”を目覚めさせてしまったのだ
大陸最強のこの時代には 存在するはずのない究極の力を…




>>次が章ゑ



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