第八節「賢にして剣にして険 −前符−」

「けん にして けん にして けん?」
聞き返したサディに 目の前が初老の男は深く頷いた
「そうだ 占星が星々の動きが告げている 戦嵐に呑まれしこの時代において その者は深き 賢 の英知に服し 猛き 剣 の力の上に立ち 危うき 険 の心を表し 大志を抱きて 西の土にその姿を顕わすとな」
「ふぅん…」

ここは 学問においては 大陸でも三本の指に数えられる 賢者の街テンプル
そして 西大陸の呪道の権威 破魔法師協会を統括する筆頭破魔法師ルーベリアスが御座す破魔法総学舎の最上階の一室

この 窓のない閉ざされた部屋で 明りは中央に置かれた卓の上が
蜜蝋の灯だけという薄暗い中 二つの人影が部屋の壁に揺れている
「大きな他の星の輝きへも 影響を及ぼすほどの大きな星 だが それは同時に 凶星としての輝きをも有する」

小さな卓の大部分を占めている一抱えもある 複雑な装飾の施された虹剛金ミスリルの台座
その上で 色とりどりの輝きをした不思議な光玉が いくつか浮かんでいる

光玉を見上げる 老人の顔には重ねてきた年月にふさわしい しわと落ち着き そして 風格とが刻まれている

その者こそ 大陸最高の頭脳 ディシタルト=ルーベリアス=コスフ その人であった
「つまり 面白いヤツがまた一人 現れたって云う訳ね」
そのルーベリアスと方卓を挟んで 椅子に座っているサディは同じように光玉を見上げる

暗雲についての手がかりも 行き詰まり 行く当てもなくなっていた サディ達に
ブレイハルト神聖国法王タナカ=エリックが テンプルの最高導師ディシタルトたるルーベリアスのことを紹介してくれたのは つい数時間前のことである

かのルーベリアス殿なら何か知っているかもしれないとの配慮で
エリックはテンプルを訪れることを  推薦してくれたのだろうが
サディにとってはそれも ほんの暇潰しのつもりでしかなかった

おかげで つい今しがた 闇妖狐デックアールヴの一党が強襲に遭い 前 ルーベリアスは凶靭に倒れ逝ってしまったのだが
その弟が筆頭破魔法師を引き継ぎ応じてくれ 今 ここでもっと面白そうな暇潰しのネタを聞きつけたのだった

「それじゃ ちょっくら その 賢にして剣にして険 ってやつが どんなものか見に行ってみましょうか」
椅子から立ち上がるとサディは 外套の裾を翻し戸口へと足を向けた
「いい話ありがとう 最高導師さん」
振り向きもせず片手を上げるだけで礼を言い 結界の 扉 を押し開ける そこで氣付いた様に後ろを向き
「場所の見当はつく?」
「おそらくソハナ周辺だろう」
「そう」

扉向こうの廊下ではランド=ローとアルジオスが 壁にもたれてサディを待っていた
「何か手がかりは?」
部屋から出てきたサディを見て アルジオスが尋ねる
「ソハナに向かうわよ」
「ソハナ?」
アルジオスが意外そうな顔をする
「そこに何かあるんですか?」
アルジオスの横で暇そうにしゃがみ込んでいたウォーラが 興味ありげな眼差しでサディを見上げた
「面白そうなヤツがいるの」
それ以上 サディは説明しなかったが
そのまま廊下を歩き出したサディの後を わけが解らないままも アルジオス達が続いた

テンプルから サディの知るソハナに一番近い街まで『古式転移』で跳び その後 徒歩で約五日程で ソハナへと到着した
「…ほんっとに何もない所ねぇ」
目の前のソハナの街を見ながら声を上げる
「そりゃ 農業主体の町だからな」
同じように町並を眺めつつ アルジオス
「自然的で いい雰囲氣じゃないですか」
ウォーラは そう感想を述べた 街に入ってサディ達が目にした光景は
のどかな街というよりは 農村という雰囲氣のソハナの様子だった

町を囲む壁もそれほど大がかりなものではなく 町を護る役目を持つほどのものではなかった
街の外壁の側に沿って何件か小さな家が立ち並んでいる程度で 後は畑が広がっている

その向こうにはまた何件かの家々があるようだが それも大きな邸宅規模ではなく
ルーベリアスが言ったような人物が いる場所とはとても思えない

「ま とにかく町の中を歩いて見ましょうか」
サディの言葉で 畑の真中を突っ切る街路らしき道を歩き 一党は町の中心部へと向かった
が すぐにまたサディの目が点になる
「…何でんなものがある訳?」

それは余りに不釣合いな光景 町の真中と思しき畑の中に其れはあった

町の中のどの建物よりも大きく豪華な造り
そして 建物の入口周囲にいる数人の人物も この町の雰囲氣からは完全に浮いた存在
「ハァーイ お兄さんたちぃ 寄っていかなーい?」
唖然 としているアルジオス達に向かって 建物の入口で手招きをしているのは
二十歳前後の艶やかな化粧をした なかなかの美人だった
胸元を大きく開いた扇情的な衣装を纏い 誘うような甘い声で呼んでいる
「私達と一緒に あっそびましょ」

切り込みスリットの入った纏盛装タイトドレスを纏った別の女性も
艶やかなウインクを一つくれて 同じように呼んでいる

入口周りの他何人かの女性も みな似たような格好をしておりどう見ても客をとって 商売をする浮かれ女にしか見えない
となれば当然その大きな建物は 浮かれ宿ということになるが この町の雰囲氣では その空間だけが奇妙なほど浮いて見える

「こんなところに 浮かれ宿を建てて商売になるのかしらね ま そんなことはどうでもいいか」
目の前の違和感のある光景もサディ その一言で片付けると
「ちょっと聞くけど この町で一番偉い人ってどこにいるー?」
浮かれ女達に向かって問いかけた

「んんとぉ町長さんの家なら あっちー」
その中の一人が 更に町の先の方角を指さし
その方角に向かって歩いていく その後ろから女達の声がかかる
「お仕事が終わったら寄ってねー サービスするわよお兄さん達」

「野盗です」
彼女はそう切り出した
三十代半ばの優しげな面立ちのその顔には 今苦渋に満ちた影が宿っていた

その纏った白の質素な貫頭衣の胸の所には 金糸で石精霊王の紋様の刺繍が施されている
サディ達が面会を申し出たソハナの町長ミレーは この町の石精霊王の神殿司祭が 兼任しており
そこの小さな礼拝堂に通され その脇の執務室の卓で 町長のミレーと差向い サディ達は出された香料茶を飲みながら話を聞けば
ミレー「数カ月前からでしょうか 突如 数十人の野盗の集団がこの町にやって来て 好き放題し始めたのです あまつさえ 町のまん中にあの様な建物まで建てる始末 毎日毎日 それこそ昼夜を問わず騒いでいるので町人達も仕事が手につかず困っています それに町の若い娘のほとんどがあの様な場所に出入りする様になってしまって…これではいずれ 町そのものが駄目になっています その前に何とか あの野盗達を追い出したいと思っておる次第で…」
などど 町の抱えている悩みを相談される
ミレー「町人は戦いなんて出来ませんから 野盗達と闘うなんてことは無理なのです」

「野盗ねえ…」
呆れた顔でサディが呟いた
たかが野盗の集団を退治為るというのは 自分達が遣るにはあまりに下らな過ぎる
弱っちい野盗をいびり倒した所で氣抜けするだけで 張合いもなにも合ったものではない

アルジオスの表情もサディと同じように考えたらしい
「近くの街に行って 他の冒鋒者でも雇ったら?そんな仕事じゃやる氣も湧かないから」
話を切り上げて立ち去ろうとするサディをしかして ミレーは引き留めようとする
「もう 何十人もの冒鋒者の方にお願いしているのです しかし みな退治できませんでした」
その言葉にサディの足が止まり すでに 扉にまで手をかけ出て行こうとしていた動きを止め ミレーの方を見る

「そいつら かなり強い訳?」
「はい 可也 どころではありません 銘のある冒鋒者の方にも お願いしたのですが 彼らでさえ一日とたたないうちに 諦めてしまったのです 中でもその首領格の人物が特に…」
「少しは 歯ごたえがあるんじゃないのか?」
まだ椅子に座ったままのアルジオスが 首を少しひねってサディへと意見を求める
「ふーん…そうね まあ 遊びに行くだけ行ってみましょうか 行くわよ ランド=ロー」
音もなく椅子から立ち上がり ランド=ローがサディに続く 会話の間中 結局一言も喋らなかったランド=ローの後ろ姿に ミレーは少し不氣味なものを感じていた
差しだした香料茶にも 彼だけは一口も口をつけていない

が 颯爽と赴こうとしている サディの様子に我に帰って
「あ! あの報酬の方は…」
「心配いらない 暇潰しにやるだけだ そんなものはいらないさ」
「しかし…」
「それにな もし仕事ってことにすると あの姉さん非人道的なほどの金額を要求するからな こう言っては悪いが あんたらの町じゃ…いや 都市でさえ払えない金額になる おそらく街が二つ三つまるまる買える程の金額だろうさ」
ミレーの心配をよそに 苦笑を浮かべながらアルジオスが椅子から立ち上がり
側に立てかけた 片刃の珍しい碧色の刀身をした反尾刀シャムシールを手に取ると戸口から出て行く

その背を見送りつつ ミレーは卓に残った最後の人物に目をやった
「お茶 ごちそうさまでした〜」
飲み干した香料茶の入っていたカップを 卓の上に置くと ウォーラは立ち上がって
 ちょこん と頭を下げ 離れた壁ぎわに置いた背丈と同じぐらいの樫の木の杖を手にして ミレーの方を振り返り
「心配しないでくださいね きっと何とかしますから」
と 満面の笑みを浮かべてそう言い みんなの後へと駆け出して行った
「…あのこそ 大丈夫なのかしら」
その頼りなさそうな後ろ姿に ミレーは不安を抱かずにはいられなかった

「あーら お兄さん達いらっしゃい お仕事はもう終わったの?」
やって来るアルジオス達の姿を見つけ 女の一人が駆け寄るなり腕を絡める
「それじゃ中で一緒に ね?」
別の女がランド=ローの腕を取って しなだれかかると豊満な胸を押し付ける様にして 顔を寄せてささやく
「…仕事だ」
低い声でそれだけ言い放つと ランド=ローは女を押し退け先に建物の中へ入って行き サディとウォーラを追った
「ああ 貴方達もお仕事で来たの」
アルジオスに寄りかかっていた女が 納得した顔でうなづく
「悪いな そうなんだ だから…」
「わかってる わかってるって」
野盗のことを尋ねようとした アルジオスの言葉を遮ると女は手を離して 宿の中へとアルジオスを誘う
そして宿の奥へと向かって大声で叫んだ
「みんなー! ひさしぶりにあっちの方の獲物がきたわよー!」

入ってすぐのホールの様な所には長い円卓とソファが 幾つも並べられており
まっ昼間から酒  しかも芳醇な可也の上級酒と 紫煙のほのかな甘い香りのする 妖しい香が焚きこめられたなかで 十数人の屈強な男達と その数倍の数のきれいどころが 嬌声を上げて戯れていた

そして 女の揚げたその嬌声で その場にいた男達と女達が歓喜のこもったざわめきと共に 一斉に戸口を振り向けば
「きゃいーん!またあの方のステキな姿が見れるのね!!」
「おう ひさしぶりにきたか! ったく女と遊ぶ以外にすることがなくて 退屈し始めてたぜ」
「ひどーい 私達と遊ぶのは退屈なのぉ?」
「そんなことはないぜ ただな そろそろ別の刺激も欲しくなってたところだ おまえ達もしばらく お頭の戦いをみてないだろ?」
「ふふん 彼ったら今回はどういう風にあしらうのかしら」
「おまえ達 先にあの部屋へ行っていろ お頭にも…まぁすでに知っているとは思うが 一応 来客のことを告げておけ」
「はーい」
などと ホールへと入ってきたサディ達を迎えれば
その一種異様な反応には さすがに戸惑いを覚えずにはいられなかった

女達は一斉に立ち上がると ホールの奥へと通じる廊下へと向かって我先にと駆け出した
「早くいかなきゃ いい席がなくなっちゃう」
「貴方どきなさいよ まったくどの面下げて 彼の前に出れるの?」
「あ 私おっ先」
「あっ てめぇ!!」
「きゃあ きゃあ きゃあ きゅあ」

みなのその表情に 恐怖ではなく 楽しみを控えた嬉色が浮かんでいることが 一層 アルジオス達の戸惑いに拍車をかけた
「なっ 何んなんだ一体…」
わけが解らずに呆然とするアルジオスを横に そんなことを氣にもしないサディは 残って酒を喰らう男達へと近づいて行く

「よお よく来たな」
男の一人がソファに深く腰を下ろしたまま サディを見上げて不敵に笑う
他の男達も酒を飲みながら 楽しそうにサディ達の姿に目をやっている
「外へ出る? それともこの場でもかまわないけど」
「まぁついて来い 会場は奥の部屋だ」
注がれた酒を飲み干してから グラスを卓に置き男達はゆっくり立ち上がり 女達が向かった通路へと向かえば
サディ達もその後に続く

「この向こうだ」
廊下をまっすぐに進み 行き止まりの豪華な大扉の前で男達は足を止める
扉を開けたまま 先ほどからにやついた表情を崩さない男達は サディ達が入るのを待っている
「あんたら その顔からすると ずいぶん余裕があるみたいだな」
その笑いがアルジオスには氣に入らなかったきつい視線を そのまま男達にたたきつけてやった しかしそれでも男達の顔から笑みは消えない
「聞いてるんだろ町長ミィちゃんに もう何人の冒鋒者が 俺達の退治にやってきたことか」
「はっ それで俺達相手にも 素手で闘おうってわけか」
男達は誰一人として武器を携えてはいなかった それどころか鎧を纏っているものすらいない
もし それで本当に闘おうというのなら とことんなめられたものである

「俺達が闘うわけじゃねえよ」
「何?」
「聞こえなかったのか 俺達が闘うんじゃねえって言ったんだよ 俺達を退治にきた冒鋒者は みんなお頭が相手をすることになってる お頭を倒せたら俺達は出ていってやるよ」

暫しの沈黙

「…相手は 頭一人ですって?」
「ああ 中で待っているぜ」
「あほらし なーんで一人をわざわざ私達が相手しなきゃならないのよ それじゃやる氣もおこらないわ」
少しは遊べるかと思っていたサディも男達のその言葉で やる氣を完全に失っていた

「そんな言葉は お頭に少しでも傷をつけてから言えよ もっとも お頭と闘ったあとでそんなこと言えたやつなんざぁ いねえがな」
しかし すでに興味を失っているサディにはそんな言葉も無意味だった
「あ そう みんな帰るわよ」
「えっ で でも師匠 一応引き受けたんだし やっぱり 最後までやらないと…」
突如氣を変えたサディの外套の袖を捕まえ ウォーラが懸命に引き留めようとするも それを無視しつつ
失望した表情で宿の出口へと足を向ける が

その背に一つ 男達のキツイ罵声が浴びせらる
「怖いのなら 最初から来るんじゃねえぞー!」
「ハハッ そうそう 女は大人しくベッドの上で男の帰りでも待ってな!」
袖を掴んだままのウォーラを引きずりながら 歩いていたサディの足がピタリと止まると ゆっくり と振り返りざま男達を見る 瞳には確実に殺意が宿っていた
「…この町ごと ブッ飛ばしてもいいのよ 私は」
「し 師匠ォ…」
冷や汗を流しながら懸命に訴えかけるウォーラ 間違いなくサディなら言葉通りやるだろう やるだけの霊力も持っている
そして 今のその目は本氣だった

その時 ランド=ローがサディの横へと音もなく寄る サディにだけ 聞こえる様な小声で
「…一人叩けばよいというのなら 疲れずにすむではありませんか」
「でもね…」
「奥様は動かなくとも結構です 私のアルジオスとで倒しますので 暫くの時を」
「チッ…わかったわよ でも 私はやらないからね」
ランド=ローに投げやりな返事をし サディは面倒臭そうに再び戻って来きた その後ろに ランド=ローも続く
「じゃ 行きましょうか」
笑いを浮かべ続ける男を無視して 扉をくぐる
続いて ランド=ロー
アルジオス
ウォーラの順に部屋の中へと入ると その後から男達が部屋へと続く

ワァァァァァ

と そのとてつもない響音が興るのは 一辺が十数米もある大きな部屋におよそ百数十人位の人々が 二階らしきテラスに陣取って歓声をあげているためである

その二階を抜いて造ってある天井は高く 波璃ガラス細工の豪華絢爛たるシャンデリアが幾つも破魔法の明りを灯し 部屋を輝かせている

部屋の端で天井を支える六本の太い柱もシンプルながらも装飾された 儒命人つの芸術品とも言える立派なものだ

「待ってたぜ 俺を倒しに来たんだろ」
若い男の声と同時に 部屋の四方からは耳をつんざかんばかりの黄色い声が飛ぶ
一階の壁際から そして テラスの最前列は数十人もの女達が我も我もと身をのりだして叫んでいる
「キャァーッ! セイバー!」
「こっちむいてぇ!」
「やっちゃえ やっちゃえ!!」
「ゴーゴー セ イ バー!!」
それらの声援は全て 部屋の中央の玉座のごとき造りをした椅子に足を組み優雅に座る一人の男へと注がれるものだった

そこにいたのは まだ二十歳にも満たない十七 八歳の青年だった しかし その顔立ちにすでに幼さというものは感じられない
常人とは思えないほど端正な顔立ちには見事な 傲慢さと妖しさ を漂わせている

たてがみのごときウェーブを宿すあかみ差す黄金の髪筋は滝のように波うっては背へとまま流し
薄いシャドウの乗った長いまつ毛にふちどられた瞳は 蠱惑の輝きを宿し 見る者すべてを虜にしてやまない

して ともすれば吸い込まれそうにもなる程の妖しい碧眼 紅を差さずともほのかに赤き 王宮彫刻が女神の様な唇

異性だけでなく 同性ですら魅了せずにはいられない 正に人外の美粧 美しき獣の持つ美を その少年は有していた

「What′s your name?」
女の一人からはやした調子の声が上がる
玉座の少年はゆっくりと立ち上がると その すらり と伸びた右手を高々と差し上げる
「I′m セイバー…」
同時にわれんばかりの喝采が 部屋中を満たした
「いままで 誑かした女の数はーっ?」
今度は 男の中からおどけた声が飛ぶ
「五百九十六人!!」
さらに大きな喝采が湧いた

「あいつが 頭なのか…?」
どこかの貴族の御曹司の様な 美形の少年の出現にサディでなくとも やる氣が削がれるのは無理もない
「あんな ガキの相手をするのかよ…」
アルジオスにも どっと疲れが押し寄せ 今まで男達に対して ピリピリ としてきた自分がなんだか非常に滑稽に思え ぼやきにも似た言葉が自然と口をついて出る
「ボンボンの野盗ごっこの遊びにつき合うほど暇じゃねえんだぜ 俺達は…」

一方 止まない歓声に対しセイバーと名乗った少年は 片手を挙げてそれを制した
「ようこそ諸君 俺がここの野盗の頭セイバーだ 何か質問があれば答えてやるが?」
「本当は どの子を愛しているのー?」
女からそんな質問が飛ぶと セイバーは フッ と髪を掻き揚げ
「おいおい そんな質問は困るなぁー 俺ははすべての女を平等に愛しているんだぜ まったく おまえ達は幸運だぜ 大陸にはこのオレのことを知らない女も 沢山いるって云うんだからな」
「ヒュー ヒュー!!」
「言ってくれるね 色男!!」
部屋中が爆笑とひやかしの渦へ包まれる
その中でサディ達だけは目の前の少年を唖然として見ていた
その女達や他の野盗の男達が騒ぐ中 サディは冷たい口調で呟いた
「馬鹿じゃないの?あいつ…」

「そちらからの質問は?」
少年が楽しげな笑みを浮かべ あたかも手招きするように その端正な右手を差し伸べて尋ねた
サディ達はもう呆れて何も言う氣すら起こらなかった
「ないのなら…」
といって少年はスゥーと横一線状に
アルジオス
ランド=ロー
サディ
と 軽く見定めしていく
そして ウォーラの瞳はそんな危険な視線とまともにかち合ってしまう
少年はそれに氣づき 一瞬 ウォーラに視線を留めた
まるで 標的を捕らえた狩人のように

「え?あ…あれ その…」
ウォーラのその動揺に氣づいているのかいないのか セイバーは視線を フッ と落し スゥーと玉座から立ち上がり歩み寄れば
一応サディ達は注意を注いではみたが セイバーはただ数歩先で トン と腰を落ち着け
胡座 あぐら を組んでみては 不適な微笑みを浮べているに終わったのだが
その不審な一挙一動でさえ 優美な舞を見ているかの様にに覚えるのは確かである
「もう ここから戦いは 始舞ってるのよねー」
壁際のある女性が言い放った

「…OK 饗宴 カニバル  と行こうか…そうだな…まず そこの青年」
セイバーはゆっくりと眼を開いては 右手の人差指で ピッ とアルジオスを指さす
「俺と戦ってみねぇか?」
「ガキの遊びにつき合うほど 暇じゃねえよ くだらねえ」
「ほう…じゃ何だ その背の大剣は只の飾りかい? 見栄っぱりの兄さんよォ それなら命があるうちにさっさと転職しな 傭兵家業は見栄じゃ努まらねえぜ 実力なしのくせに たいそうな剣を持ちやがって」
なまじ美形であるが故 人を見下した時のその振るまいは
半端ではないほど人の感情を逆なでし 徹底的なまでの屈辱感を与える
しかも セイバーはその使い方を完全に心得ていた
完全に人を馬鹿にしきった少年の口調と態度に アルジオスの顔が怒りに染まる
「いいだろう ならばちゃんと立って剣を構えろ」

するとセイバーは完全に人をド馬鹿にした目付き アーンド ここまで嫌みったらしく大げさにするかって言う位 肩をすくませてこう言った
「はぁ〜ん!?あんた 弱そうだからわざわざハンデを あーたーえーて やってんだぜっ?ど〜だ小ザル 俺はやーさーしーかーろっ!?」
最後 アルジオスに 投げキッス を一つ呉れれば 彼のの堪忍袋を締めた紐の限界は ここまでだった
「こ こンのガキィぃ…! コマに切り刻んでやらぁぁ!!」
背から碧色の刀身を持つ 打刀 シャムシール 翡翠爪刀を右手で抜き放つと 下段に構えたままセイバーとの間合いを一氣に詰める
「五秒!!」
「いえ 三秒よ!!」
と云う 外野からの野次が飛ぶ前に アルジオスは剣の間合いにまで踏み込んでいた

板金鎧を着ていてもそのスピードは並の戦士とは 比較にならないほど速い 次の瞬間には碧色の刀身は 下段から頭上へと移っていた

完全な一撃必殺の間だった そして体裁きよりもアルジオスの剣裁きはなお疾い

パン!

耳障りな衝突音や甲高い金属音 まして 肉を断つ鈍い音でもなかった
「な…」
目の前の光景に アルジオスは完全に声を失った

「どうした?」
セイバーが不敵な笑みを浮かべ アルジオスの顔を見上げる

二人の間には剣の刃と扇子があった そう セイバーはどこから出したのか左手に持った扇子の縁の部分で アルジオスの斬撃を受け止めていたのである
しかもセイバーはその場に座り込み あぐらをかいた状態で

アルジオスには あまりにも信じ難い光景だった
だが セイバーの笑みをアルジオスが見たのはほんの一瞬のことで
その刹那 セイバーはそのまま扇子で アルジオスの身体を吹き飛ばした

グワシャァァン!!
金属鎧を着ているはずのアルジオスの身体が まるでボールの様に簡単に弾き飛ばされすさまじい勢いで 背中から天井を支える太い柱へと激突する
「がぁっ…!」
衝突の衝撃でふた抱えはあろうかという 太い石柱の半分近くが粉々に砕け周囲へと吹き飛ぶ

金属の鎧を着ていたとはいえ柱が砕けるほどのその衝撃は 生半端なものではない
金属鎧の背中の部分が大きく変形し 全身の骨がきしみをあげた 内臓にも傷がいったのか 血が喉の奥からこみ上げてくる
「ゴフッ…」
頭の中が衝撃で混濁していく

まさに化物じみた力だった
あぐらをかいて座った状態で しかも扇子を持った左手一本の力で
金属鎧を着た大人を数米も吹き飛ばすなどとは しかも ぶつかった石柱の半分を砕くほどのスピードで
このセイバーという少年 尋常ではない

「ちょっと力を入れすぎたか…さて次はどっちだ?」
セイバーはサディとランド=ロー 二人の顔を交互に見比べる
その背後からは女達の大きな声援が飛びかう それらの女達の方を振り返り華麗に投げキッスを返す余裕を見せつけがら

しかして 散った破片の一部は女達へと降り掛かっていった筈だが それらはすべて眼前で弾かれていた
外からの攻撃を弾く 障壁が張られているのだった

「そこの 妹兎 うさぎ のお嬢ちゃん」
目の前の出来事におもわず息を飲み 無意識の内に一歩後ずさっていたウォーラに壁きわの女達から声がかかる

そちらを向くと宿の入口にいた浮かれ女達とは また違った水商売系の女達が手招きをしてウォーラのことを呼んでいる
「貴方はこっちへいらっしゃい 危ないわよ」
ウォーラは慌てて呼ばれる方へと駆け寄った
と 先ほどガレキが弾かれたのを思いだし女達の前でふと足を止める
何か見えない壁があるのではないかと手で探ってみる
「何もないって セイバーの張った障壁は 私達に危険なものを弾き飛ばす時だけ効果を表わすの 通り抜けも自由なのよ 便利でしょ」
無邪氣に笑いながら 女の一人が言った
「解るのよ私達には彼のことが 彼には貴方のことが…」
「えっ?」
ウォーラはためらいつつも この状況では何もできない
とりあえず その中にまじりてこの勝負の行方を見守ることにした

「…」
無言のままランド=ローが動いた 右手が僅かに外套の袖口の辺りで動きを見せる
セイバーの眉が僅かに揺れる
ヒュン
ヒュン
ヒュン…
幾つもの空を切るかすかな音
セイバーとランド=ローは ほとんど動いていない様に見えたが セイバーの口元から笑みがこぼれた

「ハハ…先がもつれているぞ おい?」
右腕を大きく弧を描く様に振り ランド=ローは自分の武器を引き戻した
それは止まっていて辛うじて目に見えるほど 細い 虹剛金 ミスリル のワイヤーだった
それを指先で自在に操り ワイヤーの先端を確認する
「…!!」

やはり 信じられない光景だった ワイヤーの先がこともあろうに蝶々結びになっているのだ

勿論 戦いの前になっていたということは どんな時でも仕事道具の手入れを怠らない暗殺者にとってはありえることではない
いや それ以前にそんな冗談じみたことはない

それは戦いの最中 そう さっきの攻防の瞬間に行われたとしか考えられない
ランド=ローはワイヤーを指先の動きだけで操り セイバーが粍単位の動きで それらをかわした あの時に…
しかし ランド=ローには セイバーのその動きはまったく見えなかった
「馬鹿な…」

呟くランド=ローに追い打ちをかけるように セイバーが言った
「そして これが真の闇打ちだ」
セイバーの右手の手首から 先が消え失せていることにランド=ローが氣がついた時にはすでに遅かった
「ランド=ローさん! 後ろぉっ!」
悲鳴にも似たウォーラの声も間に合わない
ウォーラの声で背後を振り返ろうとした ランド=ローの後頭部に 鈍い衝撃がはしる

一瞬 目の前が真っ暗になり ランド=ローは感覚を失って大きく片膝をついた
視界の隅に捉えていたのは 宙に浮いていた手首から先の右手だった
自分を殴ったものが セイバーの消えている右手の部分だけであると理解するのに ランド=ローはそれ程 違和を感じなかった

それよりもウォーラが叫ぶまで自分がその手に氣付かなかったことの方が 驚きだった
かけらさえ その物体の氣配を感じなかったのだ
右手はランド=ローを殴ると そのまま塵と化して崩れさった
「…」
意識をしっかりさせようとまだ ふらふら する頭を何度か振りランド=ローがセイバーを見た時は すでにその右手は元のように戻っていた

今度はランド=ローには目もくれず セイバーはさっきから後ろで見ているだけのサディに視線を向ける
「戦わんのか?」
「あんたの相手はその二人 私はやらないってことになってるの」
一度やる氣をなくしたサディには 目の前のガキのことなどどうでもよかった
その氣まぐれな性格ゆえ 再びその氣にさせるのは至難の技である

「フッ」
しかし セイバーにとって人をおちょくることは意中の得意
サディの所へと歩いて来ると 左手に持った扇子でペシペシと頭を叩く
「まだ 戦わんのか?」
「うっとおしいわよ ガキ」
払いのけようとするサディの手を セイバーは軽くかわす
「これでも 戦わんというのか?」
今度はサディの髪に触れると それをいとしげに撫でる
身を捻りて躱そうにも セイバーの動きは ぴたり とそれを追って来た
「戦わないのか ケバイお ば さ ん?」
首筋へと甘い息を吹きかけセイバーが耳元でささやいた
瞬間 サディの瞳に殺意が宿った
「い




に しさらせ!! そんなに地獄が見たいってんなら 逝ってきやがれ!!」

その腕が印を結び 唇からは容赦のない 魔法の詠唱が紡ぎだされる
セイバーは ぴゅう と口笛をならし ふわっ と そのまま 数 メートル 後ろに跳んだ

「や やばいっ!! サディを止めろ ランド=ロー!」
全身の痛みも多少薄れ始め 再びセイバーの姿を探していた アルジオスの目には悪鬼の形相で詠唱をする  サディの姿が映っていた

サディがああなってしまった後 周囲がどうなるかは いままで何度か見てきている 周りに人がいようが加減なしで魔法を放ち その後は…

ランド=ローに向かって叫びつつ 自分も止めに動こうとした途端 全身に激痛が疾る
「冗談だろ…俺があんなふざけたガキのふざけた一撃で このザマかよ…」
脂汗を流しながらも 何とか立ち上がる このまま放っておけば本当に この町は無くなってしまう
今度はサディを止めるべく 己の身体を動かなくてはならなかった

『炎より暗(くろ)き息吹 墨閻(こくえん)の矛戟 我が手より 現界に吹き抜けよ…』
振り上げたサディの左腕に 黒い渦が激しく巻き始める
『墨月閻鏖斬!!』

振り下ろすと同時に弧月を描いた影の刃が セイバーに向け放たれ
サディは魔法を放ったと同時に 腰の堰月白虎を抜き放ち疾る
セイバーは其れを避けようともせず
【聖魔四方相対二十四止挙】
と一念を起さば 後は剣を奮って繰るサディを笑いながら見ているだけだった

ザンッ!
刃が命中するがそれはセイバーにではなかった
サディの動きが一瞬鈍る
纏っていた自分の外套の一部が千切れ飛び 肌に痛みを感じるがまま構わず剣を横薙に振るう

「フーン 氣合いをいれまくった割には弱っちい魔法だな」
楽しげに言い放ち 少しだけ身を捻るが 完全にかわし切れてはいない
しかして 刃がセイバーの右の二の腕を切り裂りさいた筈の 逆にサディの方が二の腕に鋭い痛みを感じ 堰月白虎を持つ力が思わず緩む いつの間にか二の腕が切られていたのだ

「…お止め下さい 何故か攻撃はすべて返されています」
アルジオスよりダメージの少なかった ランド=ローの方が先に止めに走っていた
自分の魔法と剣の攻撃の結果 自身を傷つけることになったサディにランド=ローが忠告する
しかし 今のサディに そんな言葉が届いてはいない すでに次の呪文の動作へと移っている

「くたばれっ!『竜王爆炎流!!』」
炎の嵐が激しく吹き荒れた
しかし その呪文もセイバーにではなく サデイを中心にして発現し 駆け寄って来たランド=ロー そして アルジオスもその高熱を帯びた炎嵐へと巻き込まれ 弾き飛ばされた

それでも業炎の中央でサディはセイバーだけをにらんでいた
焦げる外套の裾や 肌を焼く熱い感覚も完全に忘れ 剣を持つ二の腕の痛みすら感じてはいなかった
かたかた と震える剣がその怒りの大きさを表していた

炎も消えた後も その視線は一段と険しく 影の刃で裂けた腹と剣で切れた右腕からは すでにかなりの血が流れ出し足元に大きな血溜りをつくっている
その上 炎の嵐で負ったダメージも決して軽いものではない

「お?」
サディが剣をおさめたのを見て セイバーが勝ち誇った様な傲慢な顔をする
「どうやらかなわないとわかっ…てないようだな…」

ゴウッ!!
サディの左手に黒い妖氣が篭った炎が宿る
それを見たセイバーの顔が真剣になる 相手を見下す者ではなく 彼女の様態を示唆する者として
「無駄だろうとは思うが一応 忠告しておいてやる その呪文を返された時 今のあんたの身体じゃ食らえば即死の威力だ それでも放とうって云うのか?」

黒い炎が手の平から手首を伝い サディの肘から先を食らうようにして纏わり付いていく
凶悪なまでの妖炎が爆発的に発散され 黒いゆらめき は容赦なくその腕を焼き焦がし その瞳はすでに狂氣の輝きすら呈していた

セイバーは無言でサディを一別し 腰に佩いていた 弯刀 ファルシオン を抜き手に取る
「フッ 今のあんたが一番美しく見えるぜ… 悲壮を感じる迄にな…」
いつの間にか周囲は危険なまでの サディの雰囲氣に波をうった様に静まり返っていた
その中で乱れ始めた息遣いながらも 力のこもった低い声が響く【 極熒 … 】

「あ お嬢ちゃん危ない!!」
「…やめてぇェェッ!!」
女達の悲鳴とウォーラの叫びが重なる
「もう止めて下さい師匠ォ…これ以上やると師匠 本当に死んじゃいますよぉ!!」
目の前の光景に耐えられず ウォーラは飛び出していた
瞳に涙をいっぱいに浮かべて サディの胸に飛びつくと力いっぱい抱きつく
外套を掴んだその手を離すまいと 懸命なまでに握りしめた

「もう止めて!」
しっかりとサディに抱きついたまま 涙を浮かべてウォーラは
キッ とセイバーを睨みつけた

その瞬間 セイバーの意識の中では 全ての 現実世界 マテリアル・ワールド  時の流れ が停止し
視界の中ではウォーラ以外の存在はセピア色に染まっていった
そして全ての感覚が 弾け飛んだ

その視線を―――その瞳の奥にある定めの人の
閃光と化す―――時を経て放たれた意識の扉が
闇が覆う ―――自我と運命の交錯点に

どこかの森…かなり深い森だな
ん? 誰かいるのか二人…
一人は俺 もう一人は妖兔の女…
似ている…あいつなのか?
俺が持っている異形の剣…
…俺が剣を振り上げて…
…女を横真っぷたつだと!?
―――自力で再生してみせろ
そこからが分魂術の始まりだ
―――そんな…出来るわけないじゃない
無茶 言わ…ないでよ…
―――文句ならいくらでもたれろ
だが おまえがすべて会得するまで俺は止めない…

どこかの公園か…
一人の人間の女…
…不思議だ何故 あいつ だと思うのだ?…
…なにやらごつい連中が対峙している…
お いきなりの一斉攻撃か
女の方はぼろぼろだな
ありゃ死ぬぞ
爆炎の中で氣を失っている…
――― 鳳 よ 
俺が集中完全防球幕を張るから
そのまま 天に持って行け 俺の声だ
女の姿が消えた
―――時が来たら目覚める
それまではゆっくりと体を休めろ…



突然 セイバーの意識は 現実の世界へと戻った 涙を浮かべた緑色の瞳が 自分を睨みつけている
今のは一体…?
セイバーはファルシオンを鞘へと収めた
「…離しなさい ウォーラ」
冷たいサディの声 左手に纏わせた黒炎が一段と膨れ上がった どうやら不思議な光景は一瞬のことだったようだ
「師匠ォ!!」
振り解かれまいと懸命に縋り付いて なんとしてもこれ以上の戦いを止めようとするウォーラ
「…奥様 相手の実力を知ることも戦いです 妥当と致しましょう」
呪文の巻添えを食らった ランド=ローの装束も 所々 焼け落ちていた
それは 世界指折りの強度を誇る 虹剛の糸を織り込んだ装束さえも 焼け溶かす迄の凄まじき衝撃であった事が伺える

「離しなさいっ!!」
強引にウォーラをはね飛ばし 左手に宿した黒炎をさらに高める
腕の肉の焦げる匂いが発散され 強烈な妖氣とまじって周囲に漂う
「止めろ サディ!」
アルジオスの制止にも耳を貸さない 黒炎が妖氣を纏い 竜の形をとり始めた が
キュイインッ!
セイバーの身体が輝きに包まれたかと思うと 鼓膜をつんざく甲高い音を発して 光の残像が疾った

刹那 セイバーはサディの背後に立っていた

サディの左腕に宿っていた黒炎が消え妖氣が霧散し サディの身体がその場に崩れ落ちた
急きランド=ローがその側に駆け寄る

セイバー「命に別状はない 近距離で疾風の衝撃波を受け 脳震盪を起こしているだけだ」
「よかった…」
ウォーラは安心し ほっ と胸をなで下ろした
ランド=ローが 意識のないサディの身体を抱え起こし肩を貸して支える
「板金鎧の青年 妖しい装束のあんた そして狐人の姐さんと 勝負はすべて俺の勝ちだな」
高笑いを上げて セイバーが言う
「とりあえず 空いている部屋がいくつかある 傷ついた身体をそこで休めるといい おい 誰か案内してやるがいい 激しい舞踏の後だから それぞれに豪華な個室を与えてやりな」

その声に応じて女達の何人かがやってくると 戸口に立ってランド=ロー達が来るのを待っている
傷む身体を引きずりながら アルジオスが先にたち
サディを肩に抱えたランド=ローが その後を歩いて行く

「ウォーラとか言ったな」
サディの背に 少し心配そうな眼差しを向けながら歩いてついていくウォーラは セイバーの声で振り返った
「次は おまえとの勝負だな」
口元を歪めては 意味ありげにそう言ったセイバーに ウォーラは背筋に不吉なものを感じずにはいられなかった
早足に立ち去るウォーラの後ろ姿を セイバーは絡みつく様な視線で追っていた


刻ではすでに夕刻を迎えていた
ソハナの住人は畑の仕事を終え 家路へと向い憩いの時を過ごす頃
宿では新たな夜の宴の準備が行われていた
セイバーはそれをいつものように部下達に任せ
宿の近くにある 広場の泉へと向かっていた



泉の縁には一人の青年が手にした杖にもたれる様にして腰を下ろしていた

長い紅玉のごとき茜色の髪に 黒い外套を纏った端正な顔をしたその青年は セイバーを見つけると立ち上がり近づいてきた
「もう会えるのもこれが最後かもしれません あと僅かな時しか私には残されてはいないのですから…覚悟は出来ていますか?」
セイバーは肯定も否定もしなかった
「道は人それぞれに対し 伸びているものです 私にも貴方にも 私は私の道を歩くことになるでしょう」
青年はセイバーの横を抜けこの場から立ち去ろうと歩き出した

セイバーはサディ達とは対象的な尊敬と親しみ
そして 愛情を込めた口調で 青年に言葉を漏らした

「私は貴方を尊敬し敬愛してきました ただし 私 という化物を世に出したことを除いては…」
その後ろ姿へと向け セイバーは威風堂々とした態度と 最大限の礼節を込めた口調で言葉を続けた
聞こえているのか いないのか青年は足を止めなかった

「いずれ 貴方を殺す 私という存在のある貴方…魔性の輩を…そして救われ無き 私を…」
最後の言葉はおそらく聞こえなかっただろう 遠ざかる青年−父リスティオス=ウェードの姿を
セイバーはその姿が見えなくなった後も いつまでも見送っていた

先ほどの激闘が嘘のように 静けさを取り戻した大広間では
初老にもなろうか 中年の男が手に酒瓶を持って ひとけのないこの場所で ただ一人
勝利者の賛歌を朗々と その容姿には似合わない美声で語っている
誰に聞かせる訳でもなく

その男  見目良き若者の極めなり   その髪 黄金の郷よりいずる妖精なり

その瞳  全てを見透かす大海なり   その声 全てを魅溶かす魔性なり

その力    金剛の玉石   異世の飛石  ユイイツムニ

その知識   天地の大悟   全情の仁海  ムジョウシン

その心    神悪魔の域   世界の大樹  ユイドクソン

それは     賢にして    剣にして  険

四代目魔剣聖  不死身の鳳  その人なり と




>>次が章ゑ


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