" カイン峠の奇蹟 "

「なぜですか ファリウス隊長!」
天幕の外で青年の声が響く
木製の方卓ごしに向かい合うようにして 今この場には二人の人物がいた
一人はややくすんだ 板金鎧を着た二十三 四歳の青年
声はこの青年から発せられたようである
そして もう一人椅子に腰掛けている人物がいる
四十代半ばといったところか 背丈はそれほど高くはないががっしりとした体格をしている
この男もプレート=メイルを身につけており 二人の鎧の左胸には同じ紋章が刻まれていた
"峻厳の"リルフこと琥珀月皇国第一千団長ファリウス=リールフェンディと
"ムササビ小僧"ヴェルクこと第一千団第一百隊長ファリウス=ヴェルコスティである(注:アルジオス=ウェインの叔父に当たり 少年期タトラート公国への騎士仕え中に 兄であるアルジオスの父アルジオス=ビコスティと喧嘩し 祖父の弟の息子であるリールフェンディの養子に飛ばされる 余談として ウェインはファリウス家の存在を知らされていない上に 琥珀月皇国の話題は 特に魔帝国との親睦を深めていくようになるにつれ 避けて育った)
「ヴェルク それは狂氣の沙汰だ」
感情的なヴェルクとは対照的に 養父リルフの声は冷静だった
「考えてもみろ 我々の総勢は騎兵ニ千 歩兵三千 神官団五百
あわせても五千を わずかに越すにすぎん
その上 度重なる戦いでその多くは傷ついておるのだ 実際の戦力となるのはその
半数もおらんだろうそのような状態で戦をおこすことなど出来るわけがなかろう」
しかしヴェルクはそれで納得はしなかった
拳を卓に叩きつけ さらにヴェルクを説きふせにかかる
「それはイルハイム軍とて同じではないですか たしかに軍勢では差があり過ぎるかもしれ
ません しかし それは真っ向からぶつかり合った時のこと
敵の本陣は波動山の境谷カイン峠に陣を構えております
あそこならばそれほど距離もないうえに イルハイムの大軍勢もおもうように活用できません
直接本陣だけを叩くことも可能です」
「カイン峠がどれほど攻めにくいところか解らぬおまえではあるまい だからこそイルハイム側も
そこに本陣をおいているのだ 我らだけではイルハイム軍を攻めるだけの力はない」
「しかし」
「ベル!」
リルフが一喝する
一瞬ひるんだヴェルクに リルフは再び落ち着いた声で言った
「今 無駄な死者を出してはならんのだ 少なくとも軍勢が存在していれば イルハイム軍の動きを牽制できる無謀な戦いをしかけて兵を失い 首都に攻め込まれるようなことだけは避けなければ」
悔しさのあまり唇を噛みしめ うつむいていたヴェルクは
「わかりました」 と一言呟くように言うと くるりときびすを返し将軍の天幕を退出した
「どうやら将軍の説得には失敗したようだな」
突然の声にヴェルクはそちらのほうに目を向ける
ヴェルクのいる所から少し離れた場所にある 一本の大樹にもたれかかるようにして一人の男がいた
年はニ0歳前後 漆黒の板金鎧に身をつつみ その上から裏地が鮮血のように 赤い黒衣の羽織を羽織っている
どことなく落ち着いた冷静な感じのする青年だ
「お前は…」
ヴェルクはこの青年のことを知っていた
入軍当初から 若いながらも卓越した指揮能力を買われ いかなる戦場においても独自の揮動権を許される
特別遊撃隊 第二幡百隊長の位に抜擢された あのハイネスト=マクベリーであることを
同時に 地方都市アールガンの剣闘王という 二つ名も注目に添えて
ハイネストは樹の下から ゆっくり とヴェルクのもとへ歩いてきた
「聞いていたのか ハイネスト」
「あれだけ大声で言い合えば 聞こえないほうがおかしいさ」
「ああ 軍は動かせないと言っていた 将軍はわかっちゃいないんだ
戦が長引いて長期に渡ることになれば こちらが不利になるってことを
現に今でも兵の間には苛立ちが見え始めている 首都からの増援の軍が来るまで待っていれば
先にこっちがつぶされちまう こっちから うってでなければな」
ヴェルクは苦々しく言い放つ
「ファリウス将軍は軍を動かしはしないだろう あの人は慎重すぎる所があるからな
が 今回だけはそれが正しい 将軍も言ったろう
全兵力を投入して攻め込んでもカイン峠は自然の要塞となり
軍勢を阻むこっちから攻め込むのはみすみす兵を捨てるようなものだ」
「しかし 時がたてばいずれこちらが負ける
どっちに転んでも全滅は避けられんか」
半ば今の状況に絶望していたヴェルクだが ハイネストは違ったようだ
「方法がないわけではない」
「ほう?」
「将軍が軍を動かさないのなら 俺がやるまで」
ヴェルクは一瞬自分の耳を疑った
「ちょっと待てハイネスト お前まさか一人でやるっていうんじゃ」
「馬鹿な 俺の部隊にもお前のような考えを持っている者がいる
そいつらにも話を持ちかけてみるさ」
「いったいどれくらいなんだ?」
「そうだな ニ 三百 ってとこか」
「正氣かよ! 相手はイルハイム軍三万だぜ」
「ヴェルク何も戦いは軍勢が多い方が勝つんじゃないより 兵を有効に使った方が勝つんだ
カイン峠は確かに大軍勢では攻めにくい
だが 少数なら小回りがきくから いくらでも攻め口はあるはずだ」
その通りである
ヴェルクは今まで軍勢のことばかり考えていて そのことに氣がつかなかった
「しかし兵力の少なさはどうするんだ?うまく攻め込めても決定的な打撃があたえられ
んぞ」
「策略を用いれば一兵でも数千の軍に匹敵する うまく統制をかき乱し
立て直される前に乗り込んだ少数で大将首を取れば 勝利は得られる」
「策略?」
「ああ それにもう一つ…」
ハイネストは空を振り仰いだ
空にはどんよりとした 雲が滞り真昼の強い日差しを遮っている
薄暗い灰色の天は 今にも泣きだしそうである
「どうやら天候も 我々に味方してくれそうだ」
ヴェルクは少し考え込んだ
「将軍に言ってからやるのか?」
「いや 止められるのはわかりきっているからな」
「軍令違反にとわれるかもしれんぞ」
「俺はいちいちそんなものを氣にしない 必要なのは結果だ
ファリウス将軍と考えは違っても その根底にあるのは国のことなんだ
俺も琥珀月のことを考えて行動を起こしている ただ その表れ方が異なっているだけだ
その結果 処罰されるのなら俺はそれを受け入れる」
「若いのにたいした奴だ」
「フッ だだの酔狂者かもしれんぞ」
と ハイネストはにやりと笑いつつ
馬を翻し向こうへ去っていった


空には真昼の月が見え
やがて天は鳴き始めた
ハイネスト「ところで馬達の様子はどうだ」
特別遊撃隊第二番百隊副長レインド「はい あれから十日経ち 今は落ち着きを取り戻しているようです」
ハイネスト「まぁ既にもう 本来の野生に目覚めちまってるかも知れないけどな」
レインド「フッ では我らに(胸に手を当て)栄えある月の灯(ひか)りあれ」
ハイネスト「それは お前自身の剣ごし見えるものなのさ」
と馬を駆り去る
ところ 変わって ファリウス団本陣
ファリウス将軍「チェスタ副長 マクベリー隊長の姿が見えぬがいづこか?
独立隊といえど 部隊会議に出るは軍規であろう」
レインド「(真昼の月を指差し)なにやら隊長は
我らが戦女星神より賜わりし 勝利の栄光を
恩ギルフェルク政騎皇陛下にお届けあがるため
しばし 私めに部隊の指揮権を預けるとかで
既に お消えあそばされました」
ファリウスはしばらく言葉も出なかった

第二號拾隊の面々は戦が始まるよりも事前に
"魂喰らい(アンチマジック)の森"に潜伏
(カモフラージュ)し両軍の先陣どうしがぶつかりあう同刻
先陣とイルハイム本隊の間に位置する
峠内の"魂喰らい(アンチマジック)の森"の北迂回路より突然出現
これはイルハイム軍の先陣が
琥珀月の先陣とこの遊隊に挟撃される上に
先陣の後方に控えている無防備な補給隊へ襲撃も考えられる
これを阻止すべくイルハイム本隊が遊隊に前軍をもって追撃の駒を進め
遊隊は"魂喰らいの森"をわざと道程の長い南迂回路から逃亡
イルハイム本軍「むざむざ挟撃される愚をおこすとは
わが軍の威光にやつらは帰り道も忘れたのか」と笑い
イルハイム聖騎馬隊はそのまま遊隊を追走
イルハイム本軍は北迂回路をめざしたが
途中総大将アルフォンス=イルハイム王子はある密偵の報告を思い出す   
敵国に蛮出にして深謀にも通ず鬼才ありきと
その名はハイネスト=マクベリー   
もしや 先に葉隠れ"クレハマル"を遣わすか
やはりこの先の峡谷に罠が
そしてこの先もこれだけでは済まぬとな
イルハイム本軍は路を引き返し
"魂喰らいの森"の中を抜けて先回りする作戦に変更
途中河川と焼け野原(元シェローゼの村)を通過
クレハマル「ここは忌みありき元 妖かしの民(闇妖狐)の里 
出来れば追撃を急ぎたく」
と進言がそのあまりの道の険しさにへばる
甲冑まといし聖騎士の面々
それをみかねたアルフォンスは
「まぁ水を飲むくらいよかろう
よし各面行軍しつつ川の水を汲め」
と行軍を留めた

「清きアウロウの流泉よ そのまま纏わり付く
みえない返り血を しばし洗い 清めてくれないか」

ハイネストは川の中から埋伏しながら陣中を進み
腰袋から剛琴線(ワイヤー)をとりだし
それをヒ首に結ぶと しゅ と振りかざす

(お前は闘神(アルマラ))


ブツ ブツ ブ      
と 木に繋がれ風雨をしのぐ馬達の縄を一斉に解き
ヒ首はある一頭の尻にささるとそれは
けたたましく嘶き始め 周囲も暴走し始める
その一頭を拝借し馬のわき腹にすがりつき
半乗りの状態で本陣に切り込みつつ
ヒ首を口に咥え黙祷

あと
35
30歩
そこだ!

と ハイナストは馬が弓矢で射られると当時に陣幕にヒ首を投擲

陣幕が裂かれ

ぐっ!!
と一つ呻く声があがる

(ならば人斬りとして逝くその魔業)

『いざ駆けろ 風星神の脚』
とハイネストがコモンワードをとなえ ブーツのカカトから氣流が噴出
とある小さな町の興味半分に入った
ジルドナとなのる小人妖精の露店で購入した
迅通の革靴なる妖しげな破魔法器は
踵の部分に風星神の雲(ジニークラウド)なる破魔法術産物を
込めた取替器を付けることにより 踵から噴射氣流を起こし
大地を瞬時の間であるが疾き駆けることを可能とする
その勢いにて陣幕につくや否 ヒ首を空に投げ
地呑獅刀を抜き放ち 陣幕を消出させ得ると
地呑獅刀を腰に納め落ちてきたヒ首を掴み アルフォンスと対峙する

アルフォンス「こ 近衛兵!」
と言い終えないうちに駆け寄り
アルフォンスの髪を掴みヒ首でその首をかき落とす

その首を掴んだまま
地呑獅刀を抜きつつ
飛んでくる千の矢を一振りで
薙ぎ消した

「我は死兆伯(アングウ)の使い
琥珀月のハイネスト!
命を惜しむもの達よ
我に背を向け退きし者に
向かい奮う刃は
我 持ち合わせぬ」
ハイネストは地呑獅刀(シシカミ)を右に左に振り分かち 人の山脈を
断ち駆け抜ける そして戦場を一べつ

「そして 未だ
我に剣を向け 対面をせし闘鬼
あるいは
ただの盲愚なものたちよ
もはや生き抜く道なぞ 既に亡きモノ と
己自身の
定命(さだめ)に
刻めぃ!」


(この業性(サガ)はもはや
自身の荒魂(アラダマ)で
嗤(わら)い呑み込むまでよ…)
あらかじめせき止めた河川を流し
ハイネストもそのごう流に飛び込み消えていく
同じく敵方の密偵兵 クレハマルも 又 その中に飛び込んだ

前線では当初
琥珀月が怒涛の猛攻を受け
ファリウス将軍が戦死窮地に追い込まれるが
やがて敵の陣容が崩れ始める
それはハイネストの遊隊が聖騎馬隊の追走を振り切り
とって返ってイルハイム本陣の大将討ち死にを確認すると
イルハイムの早馬に扮し前線に王子討ち死にの情報を流して
前線は混乱と同じく琥珀月軍の反撃が始まった

次の早朝 イルハイムの都へ追撃の軍を進める琥珀月の行軍
天道山麓の下流川べりで
「ん?」
と現第一隊長ヴェルクは土手を駆け下り 何かを発見
川岸にて横たわるハイネストであった 傷の手当ては施されている
「どうなってるのだ?」
ハイネストは前髪から雫を滴らせ
「とどのつまり
俺が向こうの大将を仕留めたってことかな」
ヴェルクは一瞬 動揺するも言葉を続ける
「…そ、そうか。なら、肝心の首は?」
ハイネストは笑いながら
「それで 川の中とはいえ
俺に剣を両手で構えさせるほど
強い奴にでくわした うれしくてそいつが
大将の首を追いかける姿を
見送りながら水のなかで
氣を失ったという訳なのさ」
とハイネストはふと空を見上げ
イルハイム城の方向を向きながら
「本当は攻城戦まで付き合いたいのだが」
とその場に寝転がり
「今は素直に 睡魔の導きを受け入れよう…」
間を入れず ハイネストは大地にその身を預け 眠りに入る
ヴェルクは溜息を 一つ 付いた
「兎に角 ウル=イルハイムに到着次第 我が皇国の大将軍 ハイネストの誕生とこれで相なったな…」

やがて国都イルハイムへの侵攻戦が開始 当主イルハイム公もその三ヵ月後に城内にて戦死して幕を終えた皇国歴八十八年
後に大陸前歴十二年と改められた カイン峠の奇蹟 と歴史に刻まれる
それは 一つの大国の終焉にして 必剋将軍ハイネスト伝説 が開闢の世明けでもあった…






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