第十四節「大陸前暦十年の風 − 次符 −」

ズッ…
肉の崩れる嫌な音と共に 妖熊オーガの体がまっぷたつに裂ける 二つの体が沈み落ち 大地は一瞬にして鮮血に染まった
再び白刃が血しぶきの中をきらめくと 別の 食人傀 の肩口が ばくり と傷口を開け
ガッ ゴヴァァ!
と 悲鳴にも似た咆哮が 大氣を震わせる

「はあっ!!」
純白の鎧を返り血で朱に染め上げながら サンソレオは休む暇なく かざした剣を振るった
すでに骨ごと断ち切るほどの打撃を数太刀あびせ 数多くの怪物を葬っていたが
その刃は血糊や脂肪で切れ味が鈍る様子はまったくない 白い刀身は血に濡れて なお高貴な輝きを放っていた

それとは対照的に闇のオーラを漂わせた 魔性の打刀 地呑獅刀はその血すら刀身に触れることを許してはいない
漆黒の鎧を纏ったハイネストは俊敏な動作で 次々と地呑獅刀の斬激を繰り出していた

ザッ…
サンソレオの背後でまた一匹 妖猪トロールが ハイネストの一撃を浴び 袈裟におろされるが
その体は一瞬光を発し 次の瞬間には消滅していた 血の一滴すら残さずに

この地呑獅刀に秘められた比類なき霊力を操るハイネストは しかしてその顔に感情は伺えない
それどころか殺氣も 戦いに必要な闘氣でさえ感じられはしない ただ闘伸アルマラのごとく 迫り来る怪物を切りふせている
例えようもないほどの威圧が 怪物たちを完全に飲み込んでいた 数十体の食人傀達を相手に 二人の氣迫と力強い剣技が冴え渡る

ブオゥン!
うなりをあげてサンソレオの左後ろから 巨傀の巨大な鎚鉾が振り下ろされた
ただでさえ重い鎚鉾の重量にさらに加速が加わり 圧倒的な破壊力となって襲いかかる
振り向きざまにサンソレオは左手をかざした

ゴウゥン…!
金属同士の激しい激突音が 鎚鉾と楯のぶつかり合う轟音が響いた
楯でそれを受け止めたサンソレオの足がわずかに地に沈む が 次の瞬間

ピシピシピシ…ピキーン!
鎚鉾に亀裂が走ると それは弾けるようにして砕け散った 衝撃に耐えきれずに鎚鉾の方が崩壊したのだ
それでもサンソレオの楯には傷一つついていない すさまじい強度を持った楯だった 続け様 屈めた体を一氣にのばすように サンソレオが跳躍する

「おおおオオオッッ…!!」
サンソレオが吠えた同時に 剣からは神々しいまでの光のオーラが漂い始める
大きく右手を振り上げると サンソレオは氣合いと共にそれを一閃! 光の残像が 巨傀の左肩から右脇腹へと抜けた
巨傀の体が上半身からすーっとずれていく骨を断つ 鈍い音も肉を切る音もない しかし すでに引導は渡されていた
新たなる敵を求めて駆け出したサンソレオの背後で 二つの物体が地に倒れる音がした

「化物かあいつらは…」
次々と自分達の部下が倒されていくその様を 少し離れた森の木陰から見ていた闇妖狐は 恐怖を覚えずにはいられなかった
琥珀月皇国との戦いの前線から街道を引き返していたとき その前方に見つけた傭兵らしき徒党パーティの一団
どうせ琥珀月皇国が雇った別動の傭兵部隊か何かだろう 先の戦で自分達の軍はかなりの損失があったとはいえ 妖熊 妖猪 巨傀等が数十体に 十数人の闇妖狐の魔砲隊を合わせて 向こうの徒党の ほぼ五倍の数はある 
それにこちらには凶暴な巨傀や 暗黒魔法や精言霊術に優れた高位術者が何人もいる
我がアホンダウラ降魔神軍にたてつく馬鹿どもに その恐ろしさを思い知らせてやる…
恐怖と絶望におののく姿を思い浮かべ 闇妖狐はほくそ笑みながら襲撃をかけた

が 自分達が相手にしている者達の実力に ようやく氣付いた時には すでに半数は切り捨てられた後だった
生き延びた闇妖狐の残党は 慌てて横に広がる森の奥へと逃げ込んだ
無敵の魔剣をかざすハイネストと 純白の鎧を朱に染めて戦うサンソレオを後背にして 闇妖狐はようやく笑みを取り戻す

「森の中に逃げ込めば 我ら闇妖狐に並ぶものはない 姿を捉えられずに 魔法で攻撃すれば反撃のしようもあるまい」
自然に同化するよう木陰に身を潜め 闇妖狐は精言霊の楽奏に入った
『怒れる炎の長 破壊の精霊王よ 御身の纏いし紅蓮の炎 我が衝動の呼び掛けに揺らぎ…』
朗々と流れる暗黒魔法を遮るように 少年の声が背後からかかる

「おい 敵はハイネストとサンソレオだけとは思うなよ」
「何っ!」
詠唱を中断しすると闇妖狐は慌てて後ろを振り返った
が そこには誰の姿もない 少年の声はさらに続く
「相手が悪かったな この大陸一のパーティに喧嘩を売るには いかんせん実力と頭数が足りなさすぎる」
「上かっ!」
キッ と頭上を見上げた闇妖狐の目に
大樹のかなり高い所にある 一本の枝から足を引っかけ 逆さまにぶら下がっている少年の姿が映った

「生きては逃がさないよ」
少年はそのままふっと足を離すと 二十米以上もあるそこから魔法も使わずに飛び降りた
華麗な動作で タンッ と軽やかに着地すると 少年は口元を不敵に歪める
闇妖狐は素早く魔法を奏でる しかして 少年は楽しそうに笑みを浮かべたまま動こうともしない ただ その右手をすっと前に差し出しただけである

『凍れる氷狼王 冷たき心を刃と化し 氷の波乱となって吹き荒れよ』
闇妖狐の楽奏が終わると同時に 振り上げた腕を大きく旋回させる少年
フラッシュ=バックの周囲の氣温が急激に低下したかと思うと 発生した氷の嵐が中心のフラッシュ=バックに向かい 吹き荒れるように襲いかかる

が その氷雪の嵐はフラッシュ=バックにぶつかる前に 淡い光の障壁に触れて消滅してしまった
いつの間にか少年の右手には 奇異な形をした虹剛金ミスリル製の三叉矛が握られていた

「なんだそれは!? どこから出したんだ?」
その問いには答えずフラッシュ=バックは 三叉矛の穂先を闇妖狐に向ける
『乙風波弾!』
ドンッ
闇妖狐の体が宙をふっ飛ぶ 背後の樹木に激しく体を叩きつけられて それっきりぴくりとも動かない
寄りかかるようにして崩れ落ち 闇妖狐の胸部は大きく陥没していた
その死体には目もくれずに フラッシュ=バックはその場を立ち去った

「そろそろか…」
ハイネストとサンソレオの獅子奮迅の活躍を 少し離れた位置から傍観している五人
リゼウィンの街で新しい武装を買い揃えたサディ達である
「勝負はあらかた見えたな あれだけの数ではやはり あの二人を相手にするには少なすぎる」
左腰に弯刀ファルシオンを帯剣し 真新しい金属鎧を身につけたアルジオスは
街道横の樹に背をもたれかけてハイネストの剣さばきを 地呑獅刀を目で追っていた

「ハイネストの腕も凄いが あの剣に狙われたんじゃたまらないな 触れるだけでみな消滅していくぜ サンソレオの持っている武器も普通の破魔法の剣じゃないな もっとも あいつの腕自体はハイネストほどでもないようだが」
隣で岩に腰かけているサディも 戦いを冷静な眼差しで見ている
「確かに サンソレオのあの剣と楯 かなりの力を秘めているわ 祀器かあるいはそれ以上の存在…」

「しかし…」
アルジオスはふっと視線を隣へと移す
「どうして金属鎧なんか着たんだ? それじゃあ 思うように破魔法の導印が出来ないだろう」
驚くことにサディが身につけているのは外套ではなく 金属製の鎧だったのだ

リゼウィンの街でサディが金属鎧を選んだとき アルジオス達は驚いたものだった
金属製の鎧は確かにその強度ゆえに かなりの武器の打撃を吸収緩和してくれる
しかし重さゆえに動きが制限され 黒魔法以上ともなると特に導印と呼ばれる 構想効力イマジネイションを促す為の複雑な身振り動作を必要とする魔法は使えなくなるのだ

意外そうな顔をするアルジオスに サディはいたずらっぽい笑みを浮かべる
「魔法は私が使えなくても 十分間に合っているわ だから武器での戦闘に加わろうと思った訳 貴方やランド=ローだけに任せていたら不安ですもの」
「言ってくれるじゃないか なぁランド=ロー」
「ふっ…」
ランド=ローは軽く鼻で笑っただけだった
それからサディは小さくため息をつくと 自分の着ている金属鎧に目をやる

「ただねぇ 既製のものだからサイズがきちんとあわないのよね 一番これがぴったりあったとはいえ やっぱり胸がきついし もっと大きいやつにすればよかったかな…」
サディは自分の着ている金属鎧に目をやると悩み(?)に再び小さくため息をつき 自然 ウォーラの口から呟きが零れる
「ちょっと 分けてほしいかも…」
サディは ふと 振り返ると 後方のウォーラを見やる
「ん 何か言ったか?」
ウォーラは赤面に染まる
「いえ 別に何も…」


「…一匹ほどこちらに向かって来る丘角傀ヒルギガスがいます…」
ドレイラの言葉にアルジオス ランド=ロー サディがふっと視線を向ける
たしかに前方にいるサンソレオの氣迫に恐れをなしたのか 角傀が一匹こちらに走って来るのが見え サディの表情は格好の獲物を与えられた喜びに満ちていた

「馬鹿ねー 私達の前をタダで通れるとでも思っているのかしら」
金属の擦れる音をたてながら サディが岩から腰を上げた
ランド=ローが腰の広刃剣の柄に手をかける
アルジオスは胸の前で組んだ腕をといた

「やれやれ みんな血の氣が多いこと…」
ドレイラがため息混じりに呟いた
逃げる先に半ば立ちふさがるようにしている 別の一党を見つけた丘巨傀は 威嚇の咆哮を揚げ襲いかかってきた

カチン
三重の鯉口を切る小氣味よい音が響く
角傀のその丸太のように 太い左の剛腕が振り上げられる瞬間…

ザウンッ!
きらめく三筋の銀閃 一瞬おいて丘角傀の左腕 右脇腹 そして首筋が大きく裂かれると血が噴き出した
すべて動脈まで切断するほどの深い傷であることが 心臓の脈動と共にとめどもなく溢れ出る血流が示していた
長い断末魔が巨傀の生命力を奪っていき 血の海に巨躯が沈んだ

「ほー けっこうやるもんだな あんたらも」
いつの間にか森から出てきた フラッシュ=バックが背後にいた
右手には戦いの始まる前までには 確かに持っていなかった 奇妙な形の三叉矛を持っている
「まだまだ この程度が俺達の実力と思ってもらっちゃ 困るがね」
空を切って刃についた血糊を振り払ううと アルジオスはフラッシュ=バックのあの口元を歪める笑みをまねる

「期待は しているよ」
フラッシュ=バックも口元を歪めて笑う
「それでフラッシュ=バック あんた今まで何をしていたの?」
サディの問いかけに フラッシュ=バックは森の奥を指さす
「森の中に逃げ込んだ闇妖狐の残党を始末してきた 半分はラトゥヌムゥに任せたがね…と サンソレオ達のほうもカタがついたらしいな」
見れば二人が抜き身のまま 剣を下げてこちらへと戻って来るところだった 背後では血溜りに怪物の死体の山が築かれている

「決着はついた」
地呑獅刀はもちろんのこと サンソレオの手にする剣も 血に染まった刀身はすで浄化され 再び曇りのない輝きを取り戻していた
「さすがザコとはいえ あれだけの数をこうも短時間で葬るなんてね 十分に見せてもらったわ 貴方たちの剣の腕は」
「特にその地呑獅刀 あんただけは敵に回したくはないな」
アルジオスの本音に 地呑獅刀を鞘へとしまいかけたハイネストに 戦いのさなかにはまったく伺えなかった表情の変化が浮かぶ
が それはアルジオスの言葉に対してではなかった ハイネストが低い声でぼそりと言った

「…まだ殺氣がいくつか残っている それも…かなりの強さだ…」
ハイネストがしまいかけた地呑獅刀を再び抜刀したのと 大地が鳴動を始めたのはほとんど同時だった
突如揺れ出した地面にみなバランスを崩す
「これは『地脈鳴壊崩』…! 言精霊だわっ!」
ウォーラが悲鳴にも似た叫び声をあげる
最初の大きな縦揺れで大地にたたきつけられ リゼウィンの街で買ったせっかくの新品の外套は すでに土ぼこりにまみれていた

ガラッガラガラッ…!
街道に沿って深い森が脇の広がる その反対側はごつごつとした岩の切り立った崖 その上空でいくつもの岩の転がる音が鳴る
頭上を見上げたハイネストの目に 崖を転がり落ちて来る無数の大岩の群が映った
どれも人の丈よりもはるかに大きい加速のついた落岩が 一行そして当り一面 を襲い掛からんとばかりに降り注ぐ まかり間違って当たりでもすれば即死は免れない

「街道の先は駄目だ 落石の範囲が大きすぎる…森の中へ飛び込めっ!」
落石から逃れるため 揺れる大地を蹴って森に飛び込こもうとする
しかし その森の中にも大きく 真っ赤な光が六つ待ち構えており 差し込む木漏れ日に その赤い光の正体が浮かび上がった
大きさは角傀ほどもあるが その異形の姿が角傀の類ではないことを如実に語っていた
森の中の赤い光はこいつらのたった一つの目だったのだ
その瞳と同じく足も一本しかついていない体色は 六匹とも微妙に異なるものの みな緑や黄色系統といった奇妙な色 それと同色の長い頭髪が獅子の鬣のように四方に伸びていた

獣頭単足達磨フンババが六匹っ!?」
予想だにしなかった怪物の出現と その顔の半分を占める口を かっと開き
炎を吐き出そうとする動作に一瞬 飛び込む動きが鈍る
「…!! 違うっ! あのフンババは幻覚だっ!」
瞬時にそれが破魔法で造りだした偽物であることを見破った サンソレオとフラッシュ=バックの声が重なるが

ゴヴゴヴゥンッ!!
と大氣を震わせるほどの大音響を轟かせ 次から次へと街道へ転がり落ちる岩は
先に重なった岩々に激突し砕け散る
しばらくたって落石がおさまった時には 街道一体は側の森の木々まで押しつぶし 広範囲に渡って完全に落石群の下敷になっていた
轟音も止み視界を遮るほどに もうもう とまき起こった土煙がようやくおさまりかけた中 崖から三人の人物が滑り降りてくる

「あっけないものだな 所詮 この程度か…」
全身に黒い外套を纏った男が 口元を隠している覆いを手で引き下げ
足元のがれきの岩に目をやり きわめて冷静な声で呟いた
その声を打ち消さんばかりに 隣の皮鎧を着込んだ男から 威勢のいい訛声だみごえが発せられる

「はっ しっかし本当に馬鹿なヤツらだぜ 幻覚のフンババにビビりやがってよ これで我が降魔神軍に刃向かおうなんざぁ片腹痛いぜ なあ ログノス」
大柄で筋肉のついたその体格には似合わない 短槍を片手で玩びながら楽しそうに声をあげて笑う
この体格で金属鎧ではなく皮鎧を着ているところを見ると 何か導引の必要な強力な魔法を操るのかもしれない

「そうだな…」
ログノスと呼ばれた男は言葉少なくそう応じた
皮鎧に短槍という大柄の男と違い ログノスは金属鎧を身につけている
獲物は広刃剣でもう片方の手には 凧盾というごくありきたりの武装だ
「必剋将軍ハイネストさえ始末すれば 我らの勝利は疑いもない これで琥珀月も落ちたな 行くぞ ログノスにセルレーム 魔王陛下にこのことを報告する」
黒外套の青年がきびすを返しその場を去ろうとしたその時 どこからともなく くぐもった声がする

「それならば残念だが 琥珀月は陥落しないな」
「何だと?」
大柄の男セルレームがその声の主を探して周囲を見回すが 瓦礫の岩に埋め尽くされた街道に人がいるはずもない
静まり返った森の中にも人の氣配は感じられなく 黒外套の青年はしばらく周囲に目をやっていたが 氣付いたように自分の足元へ視線を落とす
冷静な表情は崩さないが その瞳は頭に浮かんだ信じ難い考えで 驚きに見開かれていた
「何者だ貴様 出てきやがれ」
セルレームの誰何の科白が飛ぶ ログノスも感じ取ったのか 大凧盾を構えると腰の広刃剣を抜いた

『必剋将軍 ハイネスト=マクベリーだ』
バシュゥ…
一瞬にして足元の岩の瓦礫がすべて砂と化し 緩んだ足場に三人の足が ずぐり と沈む
「岩が…砂に!?」
その砂が動き出し もぞり と渦を巻き始めれば 足をとられ思うように動きがとれない
次第にその速度を早める流砂は しかして 自然の流砂とは違っていた 中心から外側に向かって噴き出しているのだ

ボンッ
不意に流砂の中心が爆発し その風圧で莫大な量の砂が一氣に宙へと舞い上がり 
視界を遮るほどの砂は一点を中心として噴出するその風の流れによって 砂雲はあっという間に吹き飛ばされ その突風の中心にハイネスト達がいた

「惜しかったな うまい奇襲の作法だが 相手が悪すぎた この程度なら我々には効かない」
砂の足場が消え その高さを失ったものの うまく着地したセルレーム達に サンソレオがじっと見据えその長剣を鞘ばしらせる
サディ達は一体どうなっているのか訳がわからなかった 確か逃げる暇もなく岩に押しつぶされたはずなのに 今こうして無傷でいるのだ
そんな不思議そうな顔を見たのかハイネストが言う
「あとで説明してやろう 今はこのゲスト達のもてなしが先だ」
右手の地呑獅刀を青眼に構え ハイネストがじりっと一歩踏み出すと それをサディが手でおしとどめた

「今度は私達の番だわ まあ見ていて頂戴 私達の実力を」
僅かに逡巡の色を見せたハイネストに フラッシュ=バックが提案をかける
「任せようじゃないか ハイネスト  仲間の真の実力を知っておくことは必要なことだ」
「そうだな…」
ハイネストが地呑獅刀を退き それを見てサンソレオも抜いた剣を鞘へと戻す

「どうした? なぜ剣を納める 我々を倒さねば先へは進めぬぞ」
黒外套の青年がすっと足を開いて構えをとる
腰にはなにも帯剣しておらず 右手を背に回し左手をすっと前にかざすだけの奇妙な構えだ
「貴方達の相手は私達がするわ」
金属鎧を着たサディが一歩前へと出る 腰には両手でも扱えるように柄が長めに造られている蛮剣バスタードと呼ばれる 攻撃重視の得物だ
ある程度の導引を必要とする 暗黒魔法の類は使えないが 
単音節の魔法 或いは 静かなる訴奏を主体する 治癒系の星霊殿破魔法に関しては問題はない

「フラッシュ=バック どうやら今度こそ俺達の本当の実力が見せられそうだ」
アルジオスはすーっとファルシオンを右手で抜き去ると 背後のフラッシュ=バックに声をかける
しかして 視線は ぴくり とも動かさずに 一人の男を見つめている
アルジオスは自分の相手を 金属鎧に広刃剣と大凧盾という 出で立ちの男ログノスに決めていた
「暗黒の虎 ヒューベリアン=ログノスだ 貴様が私の相手か」
短く言うログノスも アルジオスに刺々しいばかりの殺氣を放っている
「俺は 雲竜の セルレーム=オズドラコン ハイネストの首にしか興味はないが まぁ準備運動として 貴様ら雑魚を倒してからでもよかろう」
その笑みは絶対的な自信に裏付けられているものだった 短槍を自在に振り回しその切っ先をびっとランド=ローに向ける

「…ふっ」
ランド=ローは腰の広刃剣を抜刀し 無言でそれに応じた 互いに軽装備だが性格は正反対だ
「我が名は暗黯騎士 卍手裏剣の サンドワルド=ウィボーン いざ参る!」
冷やかな言葉と冷たい眼差しと共に 背にまわされたウィボーンの右手が動いた
ヒュォッ
ウィボーンの手から黒いものが空を切る 鋭い音とともに放たれるが全然見当違いの方角へと飛ぶ それにサディは笑みを浮かべた

「手元が狂ったのかしら? ウィボーンとやら? そんなことじゃ私の相手は務まらないわよ」
ウィボーンは表情を動かさない ただ 冷静な眼差しでサディを見つめている
明後日の方向へ飛んで行く それはしかして急激に大きな弧を描いて 背後からサディへと襲いかかったのだ
「師匠 後ろっ!」
後ろからウォーラの叫び声
「…!!」
反射的に体をひねって避けるサディ
普段身につけていたのが 皮鎧と外套だけだったせいか なれない金属鎧の重さに動きが いつもより僅かに鈍っていた 鎧に覆われていない 右の上腕に鋭い痛みが走る

「痛っ…!」
鎧の下に着た布服の右腕の部分が裂け 白い肌を伝って ぽたぽた と血が滴り落ちる
ウィボーンはサディの腕を切り裂き それを無造作に受け止めた大きく弧を描いて戻ってきた
それは卍形をした黒い投刃だった 微妙な角度の調節で自分の手元に戻って来るように造られていたのだろう ウィボーンの右人差指と中指に挟まれた投刃から数滴血が滴る
「ちょっと 油断したわね…」
傷が意外と深いのか蛮剣を握った右腕は 力なく垂れ下がっている 苦痛に顔をしかめつつサディは左手を傷口へかざすと 土系が癒塞の精言霊を楽奏した

間合い外に出てウィボーンが魔法を唱えると その体が淡い光に覆われ硬氣を帯び始めた
「『晄乙女護匣ヴァルカスーツ』か 長い闘いになりそうね…」
油断からいきなり利き腕に重傷を負ったサディは 苦しい戦いを強いられるのは免れなかった

ギィィンッ!
甲高い金属音を響かせ 白刃が激突し交錯する
アルジオスとログノスの戦いは 力と剣技がぶつかり合う純粋な戦いになっていた
しかして 突き 切り 薙ぎと互いに繰り出す斬激は 当たりはするもののかろうじてのところで見切られ 金属鎧の強固な装甲に防がれ 打撃は最小にとどめられる
一瞬でも氣を抜けば それが致命傷ともなりかねなく いかに相手の心を崩し飲み込むか
そんな張りつめた闘氣の戦いが この二人の間に繰り広げられていた

数太刀打ち合った後 ログノスの踏み込んだ一撃を ファルシオンで受け流したアルジオスが その刀身の根元の辺りに不意に刻印が浮かび上がると剣が輝きを発し始めた
下げた右腕にかろうじて掴まれたサディの蛮剣と セルレームと切り合うランド=ローの広刃剣にも同様に乙雷精霊の輝きが宿った
「『乙雷精霊付与サンダーブレード』の魔法か」
セルレームはちらりと後方で 魔法を唱えたウォーラに視線を向け それからランド=ローの剣を見て にぃっ と笑う
精霊を式する働きを持つ古代破魔法を呟くと その短槍が紅蓮の炎に包まれた

「…」
ランド=ローは無言で剣を構え直す
「…で 何か喋れよおまえ 張合いがねーじゃねぇかっ!」
炎の働きの宿った短槍の乱撃が 幾筋もの紅い軌跡を残し ランド=ローへと襲いかかった

「いい腕だ…」
戦いを静観していたハイネストがぽつりと呟いた
「ウィボーンとかいう奴ら かなりの手だれだな 幹部クラスを送り込んでくるあたり ちらさんも焦っているってことか」
サンソレオは戦況に冷静な眼差しを向けているハイネストの横顔を見る
「奴らと互角の勝負を演じられるなんて なかなかの腕じゃないか」
「違うな 互角じゃない」
ハイネストが口を開く
「腕はサディ達の方が 上だ」
ハイネストの科白に サンソレオは再び戦闘へと視線を向けた

変則的なウィボーンの投刃をかわし 攻撃をしかけるサディ
右腕の動きがぎこちないのは 最初の深い一撃で腱に傷がついたのだろうか
投刃とウィボーンの破魔法の時間差二重攻撃に サディは決定的な打撃をあたえあぐねている

一方 ランド=ローとセルレームの激闘は 互いの破魔法をおりまぜた静と動の戦いと化していた
ランド=ローの剣さばきは 暗殺の技 陰の剣流
セルレームは 戦士の戦い 陽の剣流 
無言と雄弁が 熾烈な激突を繰り返している

「そうか? 俺には同じようにしか見えないが」
「見ていろ もう決着がつくはすだ」
その言葉には確証ともいえる 響きが込められていた
「まずは 戦士達の均衡が崩れる」
フラッシュ=バックの予言めいた科白

ギィィンッ!
一際重い金属音が鳴る ログノスの大凧盾がアルジオスの斬撃に耐えきれず ついに弾き飛ばされたのだ
「殺った!」
その期をついて一氣に間合いをつめるアルジオス
左手に受けた強烈な衝撃に体のバランスを崩し 数歩後ろへとたたらを踏むログノスに向かい渾身の一撃を打ち下ろす
体勢のととのっていないログノスには避けようもなかった
あおむけで大地に倒れかけるログノスの肩口を その命を奪う死の白刃がとらえる
まさにその時 
今まで楯を持っていたログノスの左手がかすかに動いた

「!!」
瞬間アルジオスの体が吹き飛ぶ
カラーンと乾いた音をたて アルジオスのファルシオンがすぐ側の地に転がった
ゆっくりと立ち上がるログノス その肩に受けたはずの剣の傷痕はなかった
「貴様…風の言精霊使い だったのか…」
額に脂汗を浮かべアルジオスは体を起こすと 自分を見据えるログノスをキッとにらみ返した

純戦士とばかり思っていたログノスは 精霊使いでもあったらしく 倒れる瞬間に切りかかったアルジスに向かって 風弾を放ったのだ
自分が切られる瞬間ならば 相手は確実に至近距離にいるし ましてや振り下ろす剣に集中していて かわすこともままならない
おまけに単音節の氣合いで腕から発する衝撃波とあれば たとえそれに氣付いたとしても外しようがない状態なのだ
しかして鍛え抜かれた体が自然に動いたおかげで なんとか風弾の直撃だけは免れていた

「風弾に氣付くとは勘がいいな 胸部を狙ったのに外された」
自分の剣を拾おうと手を伸ばしたアルジオスは つかを握った瞬間 腕に走った激痛に表情を歪めた
「しかし 利き腕にまともに食らったんじゃ 剣を持つことはかなうまい」
ログノスが初めて笑みを浮かべる それはまさに邪悪で人を蔑み嘲る悪魔の笑みだった
無口だった今までとは別人のように その雰囲氣すら変わっているログノスは 勝利を確信した目で広刃剣を構えて近づいてきた
何度も剣を掴もうとするが その度に右腕に激痛が再来する 氣弾の衝撃波で右腕の骨にひびがはいったか 
あるいは最悪の場合折れているのか アルジオスの右腕は剣を持つことは不可能だった

「終わりだな」
「馬鹿が…」
予想外の言葉がアルジオスの口をついて出る
「…なんだと?」
訝しげなログノスのその表情が途中で凍り付く
アルジオスは左手でファルシオンを拾い上げていた だが右の時とは構えが一変している 全身にみなぎる殺氣は今までの比ではない
すさまじい威圧感にログノスは数千の氷の刃に射抜かれたような感じだった 鋭い呼氣を 一つ吹きアルジオスは一歩を踏み込む

シャッ 
銀閃がログノスの頬をかすめ 赤い筋が走る
「馬鹿な 貴様…!」
信じられないほどの速さの突きだった 右手の時とは段違いに速い剣さばきだ
次々と繰り出すアルジオスの剣先は 流れるように鮮やかな動きを描き金属鎧で覆われていない ログノスの肢体を幾度も切り裂いた
あまりの動きの速さにログノスは防戦にまわるしかなかった
が それでもかわしきれず傷は増えていく
どれも致命傷にはなるものではないが ログノスの全身はすでに血にまみれていた

傷を癒している暇すらない そのような隙を見せれば確実にその瞬間に切り殺されるだろう
やにわに攻撃の手を休め アルジオスがすっと体を退いた
ここぞとばかりにログノスは反撃に転じ 地を蹴って体躯を跳ね上げると広刃剣を打ち下ろす
その時ログノスには アルジオスの口元が僅かに微笑んだように見えた

ガシュッ
鈍い音
ひと呼吸おいて右腕に沿って 手の甲から肩までが一氣に鮮血を噴いた
「がぁぁぁぁっ…!」
ログノスが激痛に悲鳴を上げる
金属製の手甲は真半分に断ち割られ 大地に転がったうずくまるログノスの視界を影がよぎった
ふっと顔を上げ 鮮血を散らし ログノスの首が宙を舞った最期 その目に映ったのは返り血を顔に浴びた
アルジオスの氷のように冷たい表情 そして 凍えるような溟氣を宿した二つの深緑の瞳だった
右手はだらんと下げたまま左手の剣を振って 刃についた血を飛ばすと アルジオスは無表情にきびすを返して歩き出した

「あのままじゃ 師匠がっ…!」
全員の武器に『乙雷精霊付与』をかけ 後方で戦いぶりを見守るウォーラは ハラハラのし通しだった
きわどいところでサディがウィボーンの攻撃をかわすたびに 樫の木の杖を持つ手に力がこもる
「ドレイラさん! 何とかならないんですかっ!?」
戦闘の開始と共に『楓楯』で全員の防御を固めた後 ドレイラはじっとその戦いの行方を見るだけで 動きを見せてはいなかったのだ

「心配することはありません サディは そう簡単に負けたりしませんから それに知ってのとおり 変に 他人に手だしされるのを嫌うんですよね 私は後でそのことをあまり 愚痴愚痴 と言われたくないんです」
きわめて冷めた言い方である
「ドレイラさんっ!」
「冗談ですよ」
ドレイラは視線を外し 優しくウォーラに向かって微笑んだ
「今までウィボーンの戦い方を観察していたんです あの黒い投刃と破魔法術の時間差攻撃 あれじゃサディも戦いにくいでしょうね その上 常に風乙女の加護を受けています 単音系の魔法しか使えない今のサディじゃ
ダメージを与えることすら困難ですよ まして倒すとなるとなおさらです」
「じゃ どうすれば…」
すっと杖をかざしドレイラは初めて魔法の構えをとった
今まで戦い全体を追っていたのを ウィボーンの動きだけに絞ると 隣であせっているウォーラに言う
「初歩の破魔法なら貴方にも使えるでしょう?」
「ええ」
「それなら貴方にも手伝ってもらいますよ」
ウォーラに策を授け ドレイラは古妖精語を唱え始めた

ギィン
投刃の攻撃がサディの脇腹を薙いだのは これで十数度目だった
金属鎧の防御に守られ なんとか肌は切られずにすんだものの サディは攻めかかった攻撃の体勢を完全に崩され 一旦退くしかなかった
それに引き替えウィボーンは 晄乙女の加護に包まれ殆ど無傷と言ってよかった
戻ってきた投刃を右の指で止める そのウィボーンの左手に 次の白光の投げ槍が浮かび上がる
撃波動スパイラス!』
氣合いと共に突き出した サディの左腕から見えない衝撃波が放たれ ウィボーンを襲うが それはただウィボーンを覆う晄乙女の精霊が宿る淡い光を薄れさせただけだった

ウィボーンの左手が横薙ぎに振られると 光槍が放たれ緩やかな曲線の軌跡を残しサディへと飛来し サディの左腕へと命中光が散乱する
「ぐっ…!」
激痛に耐えるサディの腕から新たな血が滴り落ちる
背後から迫る投刃の攻撃だけに 意識を集中すればかわすことはたやすいが
ウィボーンに攻撃を仕掛けることは出来ず その隙に破魔法の一撃をくらうのだ
かといって魔法に警戒しながらウィボーンに切りかかれば 背後の投刃に無防備なところをさらしてしまう

「これじゃきりがないじゃない…」
剣を持ったままひらいた数本の指を傷口にかざし 治癒の魔法を唱えるウィボーンを見据えサディは悪態をついた
このままじゃ確実に負けてしまうだろう せめて あの『晄乙女護匣』だけでも何とかしなければならない
ウィボーンを十分に牽制しつつ思索を巡らせる
サディの耳にふと風が流れてきた
「これは『風宛信ウィンドボイス』…」
悟られないよう注意を払い
サディは耳元に流れて来るウォーラの声に耳を傾けた

「…あんまり好きじゃないんだけど このさい仕方ないか」
呟くとサディはバスタードを下段に構える
ウィボーンも何か氣付いたらしく いつでも投刃を放つ構えを見せた
「行くわよ」
サディが一氣に間合いを詰める
放たれたウィボーンの投刃が大きくその背後から襲いかかる
ウィボーンの眼前に迫ると サディは突然 後ろを振り向きざまバスタードで投刃をたたき落とした
同時にウィボーンの詠唱が流れる
『大地の精霊よ 敵を打ち砕く飛礫と化せ…』
霊力を放出する瞬間 その集中した意識がかき乱され 集束した精霊が制御できずに拡散してしまった
混惑乙嵐翁レプラコーンの精霊力が大きく揺らいだのが ウィボーンには感じられた
「ちっ『乙嵐翁散念』かっ!」

「たあぁぁっ!」
サディが地を蹴り体躯をはね上げては 右手に構えた剣の柄に さらに左手を添え渾身の突きの一撃を浴びせようとしていた
この距離では避けることは叶わないが 衝撃を吸収してくれる結界『晄乙女護匣』がある
ウィボーンは剣を放った瞬間に 魔法をたたき込むべく
新たなる魔法を頭に描いた 迫るサディの剣にもたじろがず 自ら知る最大の魔法の詠唱を始めた

『氷に閉ざされた凍土の世界 吹きすさぶ氷河の息吹 氷鳥の咆哮は死への鎮魂歌 凝氣の氷弾よ我が前に立ちふさがりし敵を撃て』
大地へと向けたウィボーンの手の平に 冷氣を漂わせた青白い玉が膨れ上がる
それにつれて周囲の温度が急激に低下した 空氣中の水分が凝縮し 氷の細かい結晶が発生し始める
すさまじいまでの低温の球体は 徐々にただの凍氣のもやから その存在を具現化していた
その時…

『万物の根元たるさ迷える星屑達よ 物質を介する万物の源の力よ すべてを打ち消す負の波動となりて 我が意のままにその力を発現せよ 彼の者の纏いし精霊の 偽りの衣をはぎ取れっ!』
朗々と流れるドレイラの魔法が ウィボーンの耳に聞こえてきた
「『古式破魔法解除』だとっ!」
まったく予想だにしないことだった
目を見開くウィボーンの身体を覆っていた 淡い光の膜が一瞬にしてかき消えた

ズブッ…
背中へと抜ける銀の刃が 陽の照り返しを受けまばゆいばかりにきらめく
「まさか…信じられ…ぬ…」
貫かれた剣に目をやりウィボーンは声を絞り出す
サディの剣は無防備だったウィボーンの胸を深々と貫いていた 刀身を伝って鮮血が流れ 大地に小さな血溜りを造る
「ふぅぅ…」
ゆっくりと息を吐き出し 両手で剣を握ったままサディはウィボーンの瞳を直視した
完璧な手ごたえだった急所を刺してはいないが この剣を引き抜けばウィボーンが死ぬことははっきりとわかった
だが 意識の隅になぜだか剣を引くことをためらう氣持ちがあった

「どうした 早くやらないか…」
そのためらいに氣付いたのか ウィボーンが消え入るように小さな声で言った 顔を上げたウィボーンの表情にはすでに死の色が濃い
ふと視線が合った時 サディは瞳の奥をかいま見たような氣がした そして ウィボーンのあの冷たい瞳の理由も…
「もう…疲れたよ…」
吐き出すように言ったウィボーンの最期の言葉 土氣色の顔に浮かべた力なき笑みは 何もかも吹っ切ったような澄んだものだった
サディは無言で剣を引き抜いた
傷口から鮮やかな桜色をした鮮血が一氣に溢れ ウィボーンはゆっくりと崩れ落ちた

パァァン
手の平の冷氣の玉が その制御を失い弾けとぶ
幾万もの氷のくずが蒼い空に舞い上がり 光を乱反射して周囲を幻想的な光景に彩った
大地に咲いた大輪の血の花は次第に大きく広がっていく その中心で仰向けに倒れているウィボーンの顔には 満ち足りたような笑みが浮かんでいた

「ウィボーンっ!」
宙から降ってきた氷の結晶にセルレームは ウィボーンへと視線を走らせ そしてその死を知った
すでにその顔からは余裕の笑みが失せている
ランド=ローとセルレームは自らの身を守るために『乙風衝衣ウィンドコート』を戦いの中で張っていたので 武器による打撃はほとんど無効にされていたのだ
戦いは互いの破魔法戦と化していた 魔法を弾く魔法障壁を造り
古式破魔法解除でその障壁を砕き そして その隙をみて攻撃魔法をたたき込む
霊力の強大さと精氣容量が 勝負の鍵を握っていた

「へっへへっ…どうやら 互いに大技はあと一発が限界らしいな」
セルレームは勢いがった口調をしてはいるものの ランド=ローはその額に流れる一筋の汗を見逃さなかった
仲間を二人倒され自らも精氣量の限界が近いのだ
それでも何とか余裕を保とうとすることが出来るのは ランド=ローの方が破魔法のダメージが大きいからだろう
二人にかけられた『乙風衝衣』と 古代破魔法の障壁『古式霊王遮障壁』は薄れようとしていた
すでに体力的にも精氣的にも二人の限界は近づいていた 次が最期の破魔法になるのは明らかだった
『万物の根元たるさ迷える星屑達よ… 』
二人が同時に破魔法解除の詠唱に入り 相手の破魔法がお互いを包み込んでいた障壁が消えた

「勝負だっ!」
今最期の力を振り絞って 最大の魔法が激突しようとしていた
『万物の源なる さ迷える星屑達の理 物質に束縛されし偉大なる源よ…』
ランド=ローの口から魔法が紡ぎ出される 全身炎や爆風の衝撃を受けながらも 痛む体に鞭打って必要な身振りで導印を切る
セルレームも大きな動作と共に魔法の詠唱を始めている
『…偽りの衣を脱ぎ 捨て真なる力を示せ 我が周囲に氷王が障壁の輝きを  全てのさ迷える星屑達の理を閉ざす 防御の楯となれ』
青白き円陣 階下全ての精霊達を遮ぎる氷霊王の障壁が ランド=ローの周囲に展開される これでセルレームの魔法は無効となるはずだった
一瞬 遅れてセルレームの魔法が解放される

『ジニス=ラ=マニ=トーヴェ=ディ=スペレ!(さ迷える星屑達の因果律 然るべき姿に解きたまいて)』
セルレームの腕が力強く振りおろされ 意志を帯びた解除魔法がランド=ローへと襲いかかり その障壁を すぅ と消し去った
ランド=ローが障壁を展開することが セルレームにはわかっていたのだ
「この勝負もらったな 貴様にはもう この俺を一撃で葬れるだけの魔法は使えまい かろうじて使えるのが小技程度じゃ この俺の最期の魔法は防げやしないぜ 頼みの剣も…」
セルレームが足元を目で示す そこには刀身が途中から曲げられた ランド=ローの広刃剣とセルレームの短槍が転がっていた

「この通りだ 俺の魔法で いよいよこの戦いに幕がおりる」
ランド=ローは無言で佇んでいた
セルレームの言うとおり 精氣力の底辺で障壁を張った自分には 奴を一撃で葬れるほどの魔法はもう使えない
しかしながら向こうにはまだ一発二発の余力があるのだ
だが ランド=ローは自分の勝利を信じて疑わなかった 勝利を確信した眼でセルレームを見据える それがセルレームの氣風に触った

「テメエはこれで死にやがれぇぇ!」
セルレームの『古式隕星命メテオシュトルム』の詠唱が高らかに響く
遥か天空に散らばる小衛星の一つに 意志を帯びし塵屑達から引き出した純粋な力 術者の霊力が干渉を加え 流星として大地に召喚する暗黒魔法の一つだ
その隕石自体の質量エネルギーは 落下時に膨大な加速度を加えられ 大地へと激突したときにすさまじい爆発を引き起こすという 今のランド=ローにはまさに死を運ぶ流星である だが その迫際にありしランド=ローの口から低い呟きが流れ始めた

『万物の源なる さ迷える星屑達よ 奪いし他が精氣は 我が安らぎの糧なり』
セルレームの聞いたこともない詠唱だった
長い詠唱を必要とするセルレームの破魔法が完成する前に ランド=ローはその霊力をセルレームに放った 突如 セルレームは急激にその体から力が抜けていく
奇妙な感覚に襲われた意識が 削り取られるような不快な闇が脳裏をよぎる
あまりの脱力感に霊力の維持が出来なくなり セルレームは ガクッ と片膝をつく
ランド=ローの口から矢継ぎ早に 次の魔法が滑り出した

『天空に座す緋き月公君が尾羽のひと片 さ迷える星屑達は汝を白日のもとに導くものなり 隔てし星階が門 越空への回廊を駆け跳びたれ 燿滅の星霊よ 生ける霊をも熔き焦がす隕命の鉄槌とならん』
ランド=ローの暗黒魔法が完成した形式は見た目 セルレームの『古式隕星命』と殆ど同じ しかして 働きかける召喚の階域 蘇再生レイゼル不可能の魂滅効力がある点 が違っていた

古式燿天隕星命シュトルム・ウント・ドラング!』
青空を裂いて赤黒い光が天を駆逐流下する
降り注いだ灼熱の流星が大地へ炸裂し 轟音を轟かせた黒煙と熱を含んだ爆風が 土煙を舞い上げ視界を遮る
「高度な魔法使えない…は…ずじゃ…なかったのかよ…」
煙の中からセルレームの声が微かにする
「古代の暗黒魔法には 貴様の知らない失われし絶禁の暗黒魔法なるものが幾つか存在する」

「!…」
どっ と地に倒れる音後には 沈黙だけが流れた
土煙がおさまった後には高熱にさらされ 倒れ臥すセルレームと 衝突にえぐり削られ変形した大地があった
ランド=ローは曲がった自分の剣を拾い上げると 去りぎわに一度だけセルレームの骸に目を向けた
それは哀れみなどではない 獲物をしとめたハンターの冷静な目だった

ハイネスト達とサディ達がリゼウィンで出会い旅を初めて一日目 こうして互いの力を知る機会に巡り会った
しかしそれがまだ実力のわずか鱗片であるということはこれから知ることとなるのだった


「三つ 駒が砕けたか…」
暗闇の中に頼りなげに一筋の明りが揺れる
凍るように張りつめた空氣がその部屋を いやその男の周囲を支配していた
男は玉座に深く腰掛け 右手で真っ赤な飲物の注がれた水晶のグラスをもて遊んみる

「必剋将軍を相手にするには やはり役者不足だったな」
明りが笑みを浮かべる男の口元を照らす
「ならば 次の歓迎の準備をしなくてはなるまい」
「ご心配なく 陛下すでにあの者が向かっております」
「ほぅ なかなか手回しがよいな…フフ そうか初めから奴らでは倒せぬと踏んでいたか」
「捨て駒も 相手の手の内を知るには必要なものでございます」
明りの届かぬ暗闇から 別の男の声がする

「成程 しかし もうあやつを向かわせるとは…」
男はグラスを口元へと運び 深紅の液体をぐっと飲み干す
「必剋将軍がどう出るのか楽しみだなあ ドーグレッグよ…」
「はい しかし…」
闇の中にふっと水晶玉が出現する
水晶玉にはハイネスト達の姿が浮かんでいた

「ハイネスト達と共に旅をする五人の徒党 はたして一体何者なのか 私にも計りかねます…」
「フッ…」
玉座の男は意味ありげに笑うと 残りの液体を床に滴らせた
「そいつらが誰であろうと 関係のないこと…」
男のグラスより流れ落ちた鮮血の模様が 不氣味に床を伝って広がっていく
闇はいつまでもそこに留まっていた


今まで歩いていた荒れた岩場の大地がようやく途切れ 氣まぐれの氣候がいたずらで造り上げた少しばかりの林を抜けた後 広々とした草原に出た四日目の昼前のこと 天頂近くまで昇った太陽は しかして 分厚い雲に覆われその姿は望めない
雨雲ではないようだが 重く垂れ込めた灰色のベールは低く空を包んでいた
西方から吹き付ける風が 平原の草をなびかせ 緑の絨毯の模様を終始変化させている

「よくもまあ これだけの怪物を集めたものねぇ…」
サディは そのおぞましい景観に半ばあきれ顔で呟いた
触れ合う草々がおこす囁き声に混じって 数百数千ともいえる生き物のうなりや咆哮が耳へと流れて来る
何処までも広がる果てしない平原の数百米先に すさまじい数の怪物が集っていたのだ
その数は正確なところはわからないが 並の軍隊規模より遥かに優っていることは確かだ
種類も無数の軍団を集結させたように多種多様で 妖怪や野獣 多くの亡者の集団とさまざまなものが混じっている
その膨れ上がった殺氣のすべては こちらに向けられていた
微妙に異なる氣の集合体は 今にも襲いかからんばかりに飢えている

「狒々猩々どもが共に四千五百 程度 食人傀が併せてだいたい同じぐらいか 僵尸軍団には尸塊…」
ハイネストの冷静な言葉をサンソレオが継ぐ
「幽塊に腐蝕騎士が主なところだな どれも数百の単位だろうが…しかし 腐蝕騎士なんて一体どうやってあれだけ集めたんだ」
「どうするつもり? あれを全部合わせると数千にはなるわよ」
サディが怪物の群れから  視線を動かさずにいるハイネストの後ろ姿に声をかけた
「避けて通れると思うか?」
ハイネストは後ろを振り返らない
「思うけど 絶対に追って来るでしょうね」
サディが笑いながら剣を抜いた
「ならばどうする?」
「当然 すべて斬って捨てるまで」

「正論だな」
左腕でファルシオンを鞘ばしらせ アルジオスが低く呟いた
ログノスを葬った時の あの冷やかな眼差しを怪物達に向ける
まるで左手に剣魔アルマラが宿っているかのように 左手で剣を構えた時のアルジオスの その豹変ぶりは凄まじい
「あの程度の霊質レベルの怪物なら問題ではない」

「ラトゥヌムゥよ」
ハイネストが宙に向かって語りかけると 一陣の風が舞い上がる
その瞬間に一人の仙兔の女性がその場に姿を現した
その纏う薄い衣は絹布のように柔らかく 肌触りのよい不思議な布地で織り上げられ 澄んだ泉の色に染められている
地につかんばかりに長い黄金の髪は 滝のように背に流れ風にたゆたいを見せている
その顔立ちは女神もかくやと言わんばかりの美しさだ
たたずむ姿は限りなく高貴で それでいて全身から神々しさが溢れ出している
人間などは言うまでもなく 普通の妖兔とはまるで品格が違う

美の女神の使いか あるいは女伸自身か
アルジオスやランド=ロー そして 同性のサディやドレイラ ウォーラでさえしばらく心を奪われた
「私とサンソレオ そしてフラッシュ=バックが魔法を駆使すれば あれらの数ならば一瞬にして ほとんど撃滅することが出来るでしょう それから後はハイネスト 貴方がた戦士の置き所です」
容姿にふさわしい美しく透明感のある声が ラトゥヌムゥの口から流れ出る

「敵が残っていればいいがな」
ハイネストはそう云いつつも抜き放った 地呑獅刀が強烈なオーラを発し始めた
それは高ぶらせる氣を 内に封じ込めるハイネストの心に感応し 代わりに闘氣を解放しているかのようだった
ハイネスト サディ アルジオス フラッシュ=バックが 各々の得物を手に疾る
その背後では何重もの魔法の詠唱が始まった
九対およそ四千 
四百倍近い圧倒的兵力の差に しかし誰一人として敗北するとは思っていない

『遥か古より供に時を隔てる私のよき友よ 偉大なる嵐が王よ力強き斬空の息吹を吹かせたまえ 私と私の大切な人達の為に…』
ラトゥヌムゥの言葉にあわせ いままで吹いていた風がぴたりと止んだ
微風ひとつ揺らぐことのない無風状態が 平原を覆うと空氣の流れがラトゥヌムゥを中心に変化し始めた
急激な氣圧変化に大氣が歪み 目に見えない真空の牙が生まれる
『斬!』
ラトゥヌムゥの左右に広げた手が 前方で大きく交差する
シュゴォォッ!

腕から放たれるように二筋の巨大な大氣の断層が 下草を切り裂き草原を疾った
大きな弧を描いて数千の軍勢を取り囲むように 疾駆する真空の牙は外側から徐々にその範囲を狭めていく
怪物達が氣流の刃に触れた途端 その部分は一瞬にして切断される
凄まじいほどの切れ味は 一滴の血を流すこともなく 次々と怪物を斬り裂き 葬っていった
逆回りで円を描く二筋の真空の牙は 断末魔の悲鳴すら許さず あっという間に集団の外側から 総数の四分の一を消し去った

『古式隕星命…』
『王竜霹靂嵐!』
ランド=ローとドレイラの魔法が 怪物の集団の中に炸裂し数十体を無差別に巻き込む
背後では朗々とサンソレオの魔法が流れる

『荒れ狂う神々の審判 下り来る裁きの杖 灰燼となれ 
我が前に立ちふさがりし背徳者たち 現世の門を解き放て 輝ける雷爆の奔流よ…』
すさまじい氣がサンソレオを中心に凝縮されていき それにつれ淡い光の球体が その体を覆う
宙にいくつかの印を描き サンソレオは腕を突き出した
『雷帝激轟波動域!!』
ヴォン…
手の平の前方にエネルギーが集束する瞬間

ドォォォォ ゴォォォォォォンン!!
大音響と共に光が爆発する サンソレオの全身を媒体に集束された雷光の精霊群が 解き放たれた光爆の奔流がまばゆいばかりに視界を染め上げる
寸前で横に飛び退いた四人のすぐ脇をかすめ 破壊の波動は怪物の群れを直撃する
残った数千の怪物はみなその光に飲まれ 次々と消滅していく

「すごい…」
今までに見たこともないほどの爆雷の破壊力に ウォーラは呆然とたたずんでいた
「なんていう魔法だ…数千の軍団が一瞬にして 全滅なんて…信じられねぇ」
剣を下げて呟くアルジオスに しかし背後でサンソレオは厳しい表情を崩さない
破壊衝撃でえぐり取られた大地の土がもうもうと舞い上がり 光の脈動が弾けるその空間を見据え呟いた

「いや…まだだ…」
「え?」
ウォーラはサンソレオの方を見た
「まさか あの中で生きている者がいるとでも?」
信じ難いといった顔で ドレイラもサンソレオの視線を追った
「ちょっとハイネスト?」
抜き味の地呑獅刀を構え 光の脈動が舞う土煙の空間へと近づくハイネストにサディが氣付いた
ハイネストは その土煙のおよそ十足手前まで歩み寄ると ぴたりと足を止める

「そろそろ 姿を見せたらどうだ」
その眼差しはサンソレオと同様に鋭く 抑えた殺氣が全身を伝わり
右手の地呑獅刀へと注がれている

ザッ
土煙の中で大地を踏む足音がする
「うそ…生き残っているヤツがいる!?」
ハイネストの後を追って近寄ったサディは その足音に自分の耳を疑った
思わずバスタードを持つ手に力がこもる

ザッ ザッ ザッ…
足音は次第に近づいてくる
その間に後方のサンソレオ達も駆け寄ってきていた
やがて その姿が土煙の中にシルエットのように浮かび上がる
「人間か?」
その影は怪物のものではない
背丈や格好を見た限りでは大人の人間のように思える もし そうだとしたらとんでもない化物だ
みな そのことを十分に認識をしつつ いつでも攻撃が出来るように臨戦体勢をとっている

ザッ…
ようやくその歩みが止まる
「そんな…まさかリスティ!?」
土煙の中より現れ出たその姿にドレイラは驚愕の表情を浮かべる しかし それも無理からぬことだった
風に揺れる肩口で切りそろえられた赤みの強い金髪
無言でそこにたたずんでいた男は かつての親友ブレイハルト神聖国の宮廷破魔法士リスティオス=ウェードだったのだ
腰には広刃剣を帯び 陽光を反射して輝く銀色の板金鎧を着込んだリスティは 閉じていたその瞳をゆっくりと見開く

「いえ違う この人 リスティではない…」
リスティを見つめるドレイラは震える声で首を振った 姿形は自分の知っているリスティと寸分も違いはない しかし 今ここにいる男ではないとドレイラは確信した
その見開かれた瞳は 鮮血を思わせる真紅の色をしていた その瞳と視線が合った先ほどの一瞬 ドレイラははっきりと恐怖を感じた
発散している殺氣や闘氣自体は あのラカンパネラとは比べものにならないほど小さなものだ
恐れを抱かずにいられなかったのは その瞳だった
何を考えているのか どのような感情を抱いているのか その朱の瞳からはまったくといっていいほど読み取れない
まるで何も感じていない印象さえ受ける そう人間が小さな虫ケラの集まりに対して 何も感じはしない様に

リスティは決してこんな瞳は持っていなかった そしてそれは誰もが感じ取っていた
ウォーラなど無意識の内に後ろへと後ずさりつつ 杖を握りしめている手の平は冷汗でびっしょりになっていた
唾をのみ込むとドレイラはためらいながら一歩踏み出す
「貴方何者? リスティとはどんな関係があるの?」
「俺の名か?」
リスティの姿をした青年は その視線を動かしハイネストへと向ける

「俺は降魔神軍 神軍近衛リフィラム=ウェード…」
「魔王軍が精鋭 神軍近衛隊長のリフィラムか…」
ハイネストはその視線を間に受けても表情に変化を見せてはいない 右手の魔剣 地呑獅刀が大きくオーラを放つ
「俺達の邪魔をするというのなら 打ち倒すまでだ」
地呑獅刀の描く黒い軌跡が リフィラムへと直斜に振り下ろされる
しかし…

ゆらあっ…
リフィラムの身体が陽炎の様に揺らぐ 地呑獅刀の攻撃をリフィラムは寸前でかわしたのだ
まるで剣で空氣を切ろうとしても 無意味であるように
そう リフィラムのその動きはまさに自然の流れだった
「馬鹿な…地呑獅刀を避けただと…」
フラッシュ=バックが唖然とした声を上げる
声にこそ出さなかったもの サンソレオも信じられない風な顔でリフィラムを見ていた
別名 破壊の剣とも称され畏怖の対象となっている地呑獅刀
その二つ名が絶対的な攻撃力に由来していることは周知の事実だ
触れるもの全てを消滅させる破壊能力は その名を知る者に恐れられているが 地呑獅刀の力はそれだけではない
その絶対的な攻撃力を裏付けているのは 地呑獅刀の太刀自体なのだ

地呑獅刀は真の主に使われる時 その太刀筋が消える
視界からだけではない 心眼ですらその動きを読み取れなくするのだ すなわちそれは絶対の命中を意味する
そして残像として目と心眼に映る 偽りの黒い軌跡のみが周囲の者に感じ取れるのだ
事実 かつてこの地呑獅刀の攻撃をかわした者は一人も存在していない

体さばきと反応速度には絶対の自信を持つ フラッシュ=バックですら仲間になって直ぐの時分 ハイネストが振るった地呑獅刀の太刀筋を読み取れなかったのだ
地呑獅刀の力を知るがゆえ フラッシュ=バックとサンソレオには衝撃が強かった
そして未来の世でその力を聞き知っている サディ達もそれは同様だった

この場で冷静を保っていられたのは奇妙にも その攻撃を避けた者と 絶対の一撃をかわされた者の二人の当事者だけだった
ハイネストはただ無言のまま手にした 自分の相棒の地呑獅刀を見おろした
「どうした それで終わりか?」
リフィラムのひややかな声で我に返ったサディが バスタードを低くかざして疾る
リフィラムは微動だにせずそれを見つめている

ザウッ
サディのバスタードがリフィラムの羽織を切り裂く
が リフィラムの肉体はそこにはなかった
地を蹴って後ろへと跳びずさりながら その右手が腰の広刃剣を掴む

ガギィンッ!!
「ぐっ…こいつ体術だけじゃなく 剣さばきも恐ろしく速えぇ…!」
リフィラムの広刃剣をすぐ眼前に アルジオスは腕にズンときた衝撃に表情を歪める
サディの攻撃を避け背後へと跳躍したリフィラムは 着地と同時に広刃剣を引き抜き再び地を蹴りつつ その瞳はドレイラを捉えていた

リフィラムの剣が振り下ろされる寸前 アルジオスがその間に割って入る
広刃剣は激烈な金属音をたて アルジオスのファルシオンに受け止められていた
しかし 受け止めるだけで精一杯だった リフィラムの剣さばきも アルジオスにひけをとらないほどのものだったのだ
その上…

「冗談だろ!? こんな…人間の力じゃねぇ!」
アルジオスは目を見開く
じわりじわりとリフィラムの剣が ファルシオンを押し返していた
しかも相手は剣を持つ右腕一本
こちらは衝撃に耐えるため片刃のファルシオンの刀身の先端に手をかざし両腕で力を込めていて尚の上で
戦士である以上 それも歴戦の傭兵としてならしたアルジオスは並の人間より遥かに全身の筋肉は発達している
しかし それでも事実アルジオスは押し返されつつ 鈍い光を放ちながらその刃がアルジオスの目前へと迫る

「アルジオスっ!」
背後からドレイラの声が上がる
アルジオスは腕に全ての力を集中しリフィラムの剣をはじき返そうと氣合いを込めるが剣の動きは止まらない
圧倒的な筋力の差があることは歴然としていた
と リフィラムの視線が僅かにそれる

大上段に剣を構えたサンソレオが精氣合いを吐き リフィラムへと間合いをつめていた
そして 反対の死角からは サディが水平に剣を突き出す格好で動いている
リフィラムの注意がサンソレオへと向いた瞬間 僅かに剣を押す力が弱まる
その隙をついてアルジオスは リフィラムの腹部へと渾身の力を込めた蹴りをたたき込んだ
鎧に阻まれダメージは殆どないが 反動でリフィラムは後ろへとよろめく
アルジオスもリフィラムを蹴った勢いで数歩離れる
そこへ剣を薙ぎ払いサンソレオが襲いかかる が その一撃はすんでのところで見切られ避けられる

赤い髪の幾筋かが切られ風へと舞う
しかし リフィラムはサディの攻撃に対しては完全に無防備だった
氣配を感じて振り向いたリフィラムの鎧に覆われていない左足の大腿部へ 白刃の一閃がきらめく 腱にまで達する深い傷であると 手ごたえでわかる
動きの鈍ったリフィラムは間合いを取るべく 残された右足のみで大きく後方へと跳躍をし 板金鎧を着た身体が数米を舞った

タンッ
着地の音は二つリフィラムの背後には いつの間にか氣配を消したランド=ローが回り込んでいた 右手には逆手にかざした細身の匕首が握られている
ヒュゥ
空を切る音
リフィラムの朱の瞳がランド=ローを見 そして次の瞬間 その首筋から勢いよく血が噴き上がる
心臓の鼓動にあわせて大きく脈うつ鮮血の噴水は 桜色がかった淡い血霧となって 血に濡れた匕首を掴むランド=ローへと降り注ぐ
匕首は確実にリフィラムの首の頚動脈をかき切っていた 止まる氣配を見せない血の噴流が迫る死のたむけとばかりにあでやかな彩りを見せる

『万物の源なる さ迷える星屑達よ 全てを焼き付くす 破壊の炎球となれ』
続けざまにランド=ローの魔法が流れる
振り上げた左手に発生した赤い焔球を 一氣にリフィラムへと叩きつけた
ゴウッ!
赤い火の玉はリフィラムへと命中し 爆炎をまき散らす
「どいて下さい ランド=ロー!」
だめ押しとばかりにドレイラの杖の先から 五つの雷光球が放たれる
五つが球を描くように宙を飛び 炎に包まれるリフィラムへと炸烈した

「やったぁっ!」
思わずウォーラから歓喜の声が上がる
燃え移った羽織を見るまに焼き焦がし炎はリフィラムの体を焼く 致命傷の一撃を首に受けていた
リフィラムはとどめの魔法をくらい これで大地へと沈むと誰もがそう思っていた しかし…
炎は確かに未だその体を覆っている だが その肉体にはこげ目一つついてはいない 魔法の力がリフィラムには及んでいなかったのだ

「破魔法の…障壁?」
サディが戸惑ったように呟いた
「いや 違う無効化だ…あいつは魔法自体を寸前で無効化しているんだ」
三叉矛を右手にフラッシュ=バックはリフィラムを見据える
その体を覆う炎が鎮火した後には そこには炎の魔法にさらされる前と寸分たがわぬリフィラムがたたずんでいた
サディの剣に切り裂かれたはずの右足の傷も いつの間にか跡形もなくなっている
さらにだ

「う うそぉ!?」
リフィラムの体に起こった変化にウォーラの口をついて出たのは 先ほどとは正反対のとんきょうな声だった
匕首でかっ切ったはずの首筋頚動脈の傷が しゅうしゅう と音をたて塞がり始めたのだ
みるみるうちに傷は小さくなり 噴き出していた血の奔流が流れを止める
切り裂かれた細胞組織が超速度で再生増殖を始め 音が聞こえなくなった時 首の傷は完全に消え失せていた 冷汗を額に浮かべ アルジオスは剣を握り直した

「化物が…生命再生まで身につけているのかよ しかも 完全に回復しやがった これじゃ首でも落とさない限り殺せやしねぇかもな…」
リフィラムを囲むようにして戦士達が剣をかざす
しかし 魔法を無効化する上に 傷まで再生するとあって どうしたものかとさすがに攻めあぐねている
「ハイネスト=マクベリー…主の地呑獅刀の恐ろしさ よく判った」
ハイネストが地呑獅刀を再び振るおうと一歩踏み出した時 リフィラムが魔法を唱える
リフィラムの周囲の氣温が急激に下がり始めたかと思うと大氣が きらり と輝きだす
それは空氣中の水分が凝固して出来た 小さな氷片が陽光を反射しているのだった

『氷嵐裂鋭冷刃陣!』
凍てつく吹雪がリフィラムを中心に起こった
空氣中から発生した無数の鋭い氷の刃が リフィラムを囲んでいた戦士達を巻き込んで吹き荒れた
「ぐっ!」
強烈な冷氣に手の平が 剣のつかに張り付くような感じを受ける
「もっとも 今ここで貴様らと決着をつけるつもりはない 今日の所はただの顔見せだ」
リフィラムは僅かに片方の口元を釣り上げて笑った
左手で宙に奇妙な文字を描くと その体が闇のように薄れ始め揺らぎを見せる そのリフィラムの視線が僅かにサディを見る

「いずれ また会うだろう」
それだけ言い残すとリフィラムの姿は宙に漂う闇となり やがて薄れて消えてしまった
「奴が リフィラム=ウェード…」
ハイネストは呟きをもらすと もう一度地呑獅刀へと視線を落とした
地呑獅刀の漂うオーラは今だ消えず 無言で主へと訴えかけていた
「化物だ ヤツは…」
今までにない 重々しい沈黙が場を支配する
リフィラムという予想をはるかに越える強敵の出現は みなの心に大きな影を投げかけた
しかし その中でサディだけは 最後に自分に向けられたリフィラムの視線の意味を考えていた

リフィラムは 私との戦いを望んでいる…
それには理由も確固たる根拠もないが サディはそう確信していた
その様子に氣付いていたのはフラッシュ=バックだけだった





>>次が章ゑ



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