第十三節「大陸前暦十年の風 −前符−」

ピチャン…
何か冷たいものがウォーラの頬を濡らす
一滴 二滴…
頬に軽い衝撃がはしる度 ぼうっとしていた頭は 明確な意識を次第に取り戻す
感覚がよみがえるにつれ自分がひんやりとした 大地に伏しているのが理解できた

「ここ どこ…?」
ゆっくりと立ち上がったウォーラは自分が置かれている状況を把握すべく 周囲を見回した
薄暗くむき出しの岩肌で閉ざされた空間には 冷たい空氣が漂っていた
天井からは幾筋かの水滴が糸を引くように滴り落ち 寂しげな音をたてている

どうやらどこかの洞窟にいるらしい 他の連中も すぐ近くの大岩の上に 倒れていた
ウォーラは慌てて駆け寄ったが ふと 訝しげに首をひねった

傷が全くと言っていいほどないのだ
あの戦い−ラカンパネラとの凄惨な戦いから 何日が経過しているのかはわからないが
傷やその痕がそう簡単に直るわけがない それもあれだけの魔法による重傷がだ

しかし 目の前で氣を失っている彼らには いくら見てもそんな戦いがあったと思わせるものは 何一つ見あたらない
そしてもう一つ ウォーラは氣付いたことがあった
アルジオスの妖刀 翡翠爪やサディの堰月白虎
ドレイラの持つ杖ジアザードなどが どこにも見あたらないのだ
いや武器だけではない 鎧も 外套 も魔法の込められた あらゆる装身具が消えているのだ
ウォーラは自分も着ているものがいつの間にか 普通の布服になっていることに改めて氣付いた

「あっ!」
短い叫びをあげ ウォーラは弾かれたように自分の左手首に目をやった
「ない…あの腕輪も無くなっている…」
かわいた声で呟くウォーラの額を冷汗がつたい落ちる 本来 その左手首にあるはずの腕輪も消えていたのだ
これが普通の魔法の品物なら大したことではないのだが あの腕輪は 変化の腕輪 だった
今迄 シリアはウォーラとしての姿を あの腕輪の霊力によって形どっていたのだ それがなくなったということは…
青ざめた表情を浮かべ 自分の顔を手で確かめるようにして何度も触れてみる

「…ったく悪夢だったぜ あの戦いは」
背後で人が起きる氣配とともに アルジオスの声がし びくり とウォーラは背を震わせた

「おーい起きろ あまり長く眠っている時間はないんだろ」
アルジオスがまだ氣を失っている 残りの連中を起こしにかかる
それほど深い昏睡状態ではないらしく 軽く揺すってやるだけですぐに意識を取り戻した
先ず ランド=ローが起き上がる

「何もなしか…」
目の前のアルジオスの姿を見て ランド=ローは自分たちが置かれているあまり好ましくない状況をすぐに悟った その口調は苦々しいものだった
念のためそっと懐に手を差入れてみるが 虹剛金 ミスリル 剛琴線 ワイヤー もなく 指は服の裏地に触れるだけである

「あーあ 不覚だった まさか第一級盗賊結社の長が 向こうについているとは思ってもみなかった」
その場に座り込んだまま サディが天井を見上げてぼやき その言葉にランド=ローが反応した
「総合盗賊結社の副総裁“知恵と力の天秤” 師 スペルマウスですら その詳しい正体を知らなかった という謎の男があいつか」
ランド=ローの脳裏に青年 フラッシュバックのあの奇妙な仮面がよみがえる

「俺の手には負えないかもしれんな…」
その顔にふっ と自嘲氣味な笑みを浮かべ呟いた
ランド=ローのその 科白 セリフ は一同に重い雰囲氣を投げかけた 誰もがあの悪夢のような出来事を思いだし 再び沈黙に沈んだ
「とりあえず こんなところにいても仕方がありませんね 向こうのほうに明りが見えますから とりあえず行って見ませんか」
沈黙を破ってドレイラが提案する 無論 それに反対する理由は誰にもなかった

「フラッシュ=バックねぇ…」
明りに向かって歩きながらサディが呟く それから ふっと氣付いて後ろを振り返った
「ウォーラ 何してるの早く来なさい」
まだ洞窟の奥で背を向け うずくま っている ウォーラに向かって サディが声をかけた
「は はい…」
再びウォーラの体が びくっと震える それでもウォーラは こちらを振り向かない
訝しげな表情で サディが問い重ねる

「どうしたの?行くわよ」
うう…バレちゃうよォ…ウォーラは死の宣告をうける罪人のような氣持ちで ゆっくり ゆっくり振り返った
自分がシリアであることがわかれば この連中 特にサディの反応がどんなものであるかは容易に予想ができる
そしてついに サディと視線が合ったとき ウォーラは覚悟を決めた
「なーに ウォーラ その恐怖にひきつった顔は」
少し むすっ としたサディの声に ウォーラはすっとんきょうな声をあげた

「え!?」
「まるで 悪魔を見ているような顔じゃない」
「し 師匠 私…ウォーラですか!?」
「何 訳解かんないことを言ってるの あんたは」
シリアじゃない!? ウォーラの頭は混乱で渦を巻いていた 腕輪がないのに変身がとけていないの!? そんな なんで…
そんなウォーラの戸惑いをよそにサディは戻ってくるとその手を引っぱった

「ほら ぼさっとしないで」
でもま いっか 腕輪がなくなってもシリアだってことがバレなかったんだから ウォーラの顔に自然と笑みが浮かぶ
「あんた頭でも打ったの? 何か変よ」
「いえ 大丈夫です師匠」
不安だった自分の姿のことも解決し ウォーラはいつもの明るさを取り戻していた

再び五人は光に向かって歩き始めた 次第にその光に近づくにつれ 全員の表情に変化がおこる
「おい…もしかして いや もしかしなくても あれは魔法の明りなんかじゃないよな…」
アルジオスの呟きは確認でしかなかった 間違いなく目の前の光景は真実であった
「太陽の光…」
誰ともなく明りに向かって 洞窟の出口へと走りだしていた

洞窟を抜けると まぶしいばかりの光が頭上から降り注ぐ 暗闇になれていた瞳は あまりの光量の変化についてゆけず しばらくは眼が開けられなかった
ゆっくりと光に瞳をならしながら瞼を開いていく
そう 久しぶりに見る日光とはこんなに明るく そして 暖かいものだったのだろうか
誰もがこのときほど 陽の恵みの素晴らしさを感じたことはなかった
洞窟の冷たい岩で冷えきった体を 日光は優しく包んでくれた 暗雲のない空はどこまでも高く そして蒼く澄みきっていた

「うーん…」
陽光を全身に浴びてサディは おもいっきり体をのばすと その途端
グゥ…
「へ?」とアルジオス
「…」とランド=ロー
「フッ」とサディ
「ありゃ」とウォーラ
「まあ」とドレイラ
みんなの腹の音が一斉に大合唱する
そういえば 氣を失って どのくらいの日数がたっているかはわからないが その間何も食べていない 腹がなるのも当然だった

「どうやら食い物をさがすことが先決らしい」
皆は洞窟を抜けた 幸いここは森らしい 森の奥の方をさがせば食べられそうな木の実や 小動物を見つけられるだろう
傭兵生活の長いアルジオスにとって そのくらい造作もないことだった
が どうやらその必要もないらしい ウォーラがふと氣付いたように くんくん と鼻をならす

「あ〜 いいにおい…」
どこか森の奥のほうからおいしそうな香りが流れてくる
いくら歴戦の英傑とはいえ 空腹の誘惑には耐えられず 皆 ついついそちらへと足がむかう
木々の間をかき分け 下草を踏み進むにつれ その香りもだんだんとはっきりしてくる
そのおいしそうな匂いのもとは 森の少しひらけた場所にあった

岩と薪で組まれた土台の上にひとつ鍋が置かれ おいしそうなにおいはここからしていた
薪は大部分が燃え尽きていたが わずかに残った火によって まだ鍋の中身はコトコトと煮えていた
「これ 勝手に食べちゃ…まずいですよね やっぱり」
ウォーラはじーっと鍋を物欲しそうに見つめた 鼻腔をくすぐる香辛料のきつい香りが空腹さを一層刺激する
目の前の鍋料理を無我夢中で食べたいという 溢れんばかりの誘惑を抑えるのに ウォーラはかなりの苦労を要した
それでも空腹に自然と体が動くので ドレイラは常にウォーラを見ていなければならなかった

「どこにも人の氣配がないな…」
アルジオスは周囲の木々の間を見回した
まだまだ森は深いらしく ずっと奥はうっそうと植物が密生しているようだ
「ここに数カ所 下草が押しつぶされた跡がある 大方 ここで休憩をとっていたんだろうが おそらく薪が足りなくなったんで 探しにでもいったんだろう」
鍋の側の草むらに屈み込んでいた ランド=ローが言った

「どうする? しばらくここで待つか?」
アルジオスは意見を求めてサディの方を見た
サディは少し離れたところで縄で樹につながれているここで休憩をとっている 人物のものであろう二頭の馬に目を向けていた
二頭とも栗毛でかなり立派な体格をした軍馬である かなり訓練されているのだろう 騎乗者のいない今でも 大人しく周囲の草をはんでいる
それに置かれた鞍も立派なもので 横腹にかけられた飾り布には 黄昏に映える栄光の月 と記された刺繍の模様が施されていた
「黄昏に映える栄光の月 か…」
どこかで聞いたような言葉だったが すぐに思い出せない
おかげで アルジオスの言葉もサディの耳に届いていなかった

再度 アルジオスが口を開きかけたとき 下草を踏み分けて近づいてくる複数の足音がした
姿を見せたのは二人の男たちだった
「ん? 白い闇妖狐の女」
拾ってきた薪を両手で抱え 不思議そうな顔で視線の合ったウォーラを見つめているのは 白桃色の皮鎧を身につけた十七歳ぐらいの少年だった 雰囲氣は自分と同じものをもっているが 傭兵でも新米といったところだろう
腰に下げた広刃の剣は 余り使い込んでいるようには見えないし 鎧も戦場では目立ちすぎる白系統だ

そしていかせんその顔立ちが幼すぎる よく言えば人の好さそうな顔立ちというのだが 傭兵として必要な自分の様な厳しさが欠けている
アルジオスは少年にそう判断を下した
しかし もう一人その後ろの青年には興味と警戒心を覚えた
青年は二十代半ばといったところか 褐色の肌で結構大柄な体格をしており アルジオスよりもわずかに丈が高い
しかし その左腕は肩口のところから失せていた
右手にはぼうっと青紫のオーラを漂わせた薙小刀を持っている
こいつ かなりつかえる…
アルジオスの戦士としての勘がそう告げる おそらく ランド=ローも直感で氣付いているだろう
青年も目前の男たちの腕前を感じ取ったのか すうっ と目を細めた その奥には抑えた殺氣が秘められているのを アルジオスとランド=ローは直で感じた

「お前達 盗人か…」
刹那 青年とアルジオスランド=ローの間に殺氣が膨れ上がった
しかし そんなこととも知らずに 少年と女性陣はいつの間にか意氣投合していた
「お願い! このお鍋の料理 少し食べさせて」
今にも料理に掴みかからんばかりの形相で ウォーラは少年に懇願する
少年はびっくりして 戸惑いの表情でウォーラを見ていたが
その心に悪意がないのを感じ取ったのか 少年らしい笑みを浮かべて言った

「貴方がたは 賊の類ではなさそうですね いいですよ 丁度 私達もちょっと量を多く作りすぎて どうしようかと 思っていたところです このようなもので よろしければどうぞ」
少年は抱えていた薪を鍋の側へおろすと 数本火のつきやすそうな細く乾いた枝を選んで 焚き火にくべた
それから鍋の側に腰を下ろすと 人数分の木製の器を袋から取り出しよそい始めた
「この子のほうが 人を見る目は確かなようね ほれほれ男ども そんなに殺氣だってないで こっちに来て座ったら 空腹だからよけいに氣がたつのよ」
スープをつがれた器を少年から受け取ったサディが さらりと言ってのけた
アルジオスとランド=ローだけでなく 青年も驚いた顔でサディのほうを見る
サディは早速 スプーンで刺激的な香辛料の香りのするスープを 空腹のお腹へと流し込んでいた
サディの一言で 三人の間に漂う殺氣はすでにかき消えていた

「あの狐人 てっきり魔法使いだと思っていたが…」
意外そうな呟きを漏らしてから 青年も少年の横へと腰を下ろした
「さ レインド」
少年は片腕の戦士にスープの入った器を差し出した
青年は右手の薙小刀をいつでも手に取れるよう地に置くと そのまま器を受け取る
左手のない青年はまるで酒でも飲み干すかのように それを少しずつ喉へと流し込んだ
その様子をサディは 香辛料で臭みを消した兎の肉をつつきながら見ていた

「一つ聞きたいんだが いつあの暗雲が晴れたんだ?」
ふと アルジオスが少年に尋ねた
問いかけにみんな一斉に食事の手を止めて顔をあげた その答えは この中の誰もが知りたいと思っていたことだった
もっとも ウォーラだけはただひたすらスープを流し込んでいたようだが
「暗雲ですか?」
冒鋒者たちの視線を受けて少年は目をぱちくりとさせる
しかして 少年の口から出てきた答えは 彼らの期待を裏切るものだった

「なんですか それは」
アルジオスは驚きつつも 科白を続ける
「なんですかって太陽を遮っていたあの暗雲だよ 今までそのせいでずっと日光が差さなかったじゃないか 知らないってことはないだろう あれだら長い期間 大陸全土に渡って立ちこめていたんだから」
少年は片腕の戦士と顔を見合わせた 互いに困惑の表情を浮かべている
「さあ よくわかりませんが…」
「知らないのか?」
わけがわからないといった様子で 少年はうなづく どうやら嘘をついているわけではないらしい 本当に知らないようだ
今度はサディ達が戸惑いの色を隠せなかった
場を沈黙が支配…

ずずぅ…
もとい ウォーラのスープをすする音だけが流れた

「ああ そういえば まだ自己紹介をしていませんでしたね 私たちはビクトラウトからリゼウィンへと向かう…えーと 傭兵を営んでいるラインといい この者はレインドと申す者です貴方がたは?」
少年ラインがその場の雰囲氣をなんとかしようと口を開いた
「俺の名はアルジオス あんたたちとは同業者ということになるかな 傭兵稼業をやっている 今は理由あって この破魔法術師さんに雇われているがね」
「そ 私はサディ ま 別に学院に所属しているわけじゃないから 職業は冒鋒者ね で こっちがランド=ロー…彼も冒鋒者」
「私はドレイラ 昔は私も冒鋒者でしたけど 今はある所に宮廷破魔法術師として仕えています」
「えっとウォーラです 今はこのサディ師匠の弟子をやっています」
自己紹介のあとラインはドレイラと ウォーラの顔を珍しそうに交互に眺めていた

あとで聞いたところによると  どうやらドレイラとウォーラのことを白い闇妖狐だと思っていたらしい
それは 闇妖狐と交流を主にしている地方 破壊と混沌を好む 闇の社会の住人ということになる
法と秩序ある陽光天道の昼社会で生活するドレイラと 傭兵家業と言えども良識あるアルジオスの心中に やや危ぶみが帯びてくる

「冒鋒者? それはどの様な御職業で?」
「冒鋒者も知らない…」
サディは唖然として何も言えなかった 完全に自分達とは会話がかみ合っていなかった
このラインという少年 よほどの大貴族の箱入りのぼっちゃんで 今まで現実から隔離された生活を送ってきたのか まったく何も知らないようだ
まるで世代が違う者と話しているかのような感じさえ受ける

それとも白痴なのか…それならば冒鋒者を知らなくとも暗雲のことを知らないのもわかる
しかし はっきりとものを言う目の前の少年が そうであるようにはとても見えなかった
ともあれ 食事の恩もあることだから ウォーラが出来るだけ分かりやすいように
冒鋒者という職業(?)の定義 仕事収入生活ぶりなどをラインに教えた
(面倒くさがりのサディが 弟子であるウォーラに その役目を押し付けたのである)
その話を興味深そうに聞いていたラインは 時折 うなづいたり 感心したりしていた
「なるほど と すると貴方がたも仕事を捜すべく わたくしたちと同じように この先のリゼウィンの街に向かわれるのですね」
「そうなる…んですか 師匠?」
ウォーラは困った顔で サディに目を向けた
「そうなるんでしょうね」
何氣なくそう答えたときサディの目に ラインの白い皮鎧の肩当ての所に 小さく描かれている紋章のようなものが止まった
その意味するところに氣付いたサディは 驚愕に目を見開き そして微笑った
それは片腕の青年レインドの金属鎧の肩当てにもあった

「…それは ジョルグ…ルドラィアの紋章 だよね?」
「なにっ!」
その言葉にアルジオスとドレイラが色めきたった 跳ねるように立ち上がると瞬時に構えをとる
同時にレインドもおそるべき速さで薙小刀を拾い上げ それをかざしてラインを守るようにして 間に割って入った
消滅したはずの殺氣がまたよみがえった

「どうしたのですか? 猟宴が君の紋章が何か?」
「暗黒神 ジョルグ=ルドラィアは忌むべき闇の存在 あんたらその使いか…」
しかしラインは悪びれた様子もなく平然と言ってのけた
「それは凝り固まった偏見です 吸精姫星神 ジョルグ=ルドラィア すなわち 絶対の邪悪が成り立つわけではありません 現にジョルグ=ルドラィアを国教としている我が国は 肉を食し 生き物の精を吸する事を許す 普通の国とは言えないかも知れませんが 暴君が統治している どこぞの国なんかよりは幸せなはずです」
「暗黒神の国ですって…そんなものが台頭してきていたのですか」
アルジオスとレインドの間に凝縮された殺氣が 今にも爆発せんとした時
じっ と何かを考えていたサディが すう と立ち上がり その殺氣の渦の間に分け入った

「サディ…」
「ちょっと待って アルジオス」
アルジオスに釘を差してから サディはラインを じっと見つめた
「ライン 今年は暦では何年になる?」
「何年って…皇国暦九十年じゃないですか」
さも当然といった風にラインは答える
「皇国暦?」
アルジオスには聞いたこともない歴称だった
しかしサディは予測していたのか 少しも表情を動かさない さらに質問を続ける
「と言うことは 貴方の国っていうのは もしかして琥珀月皇国…」
「そうですよ」
「やっぱり… 黄昏に映える栄光の月 どこかで聞いたことがあると思ったわけだわ」
サディは一つ重いため息をついた
「どうかしたのかサディ 琥珀月皇国って何だ?」
「あっ! すると 琥珀月というのは…」
ドレイラも氣付いたようで 言葉を続ける
「ブレイハルト神聖国が建国される前 そこにあった 暗黒星神 ジョルグ=ルドラィアの信仰を掲げる軍事国 司法星神 ファクトニールを崇拝する大国イルハイム公国を滅ぼした伝説の国…」
「ブレイハルト神聖国が建国される前って…」
ウォーラの声は震えていた

「そう あの大陸革命の後に ブレイハルトは建国され 琥珀月皇国が存在していたのはそれよりも前 暦では皇国暦と 当時その国内で呼ばれていた時代」
ドレイラが何を言いたいのかようやく理解した
アルジオスはさすがに表情が青ざめた
「てことは つまり俺達は今 過去にいる…」
最後のほうは声がかすれていた
サディは何も言わない 沈黙がそれを肯定していた
「そんな馬鹿な! 何で俺達が過去の時代にいるんだよ! 一体どうなっちまったんだ!?」
「そんなこと 私にもわからないわ」
「あっ!」
ウォーラが小さな声を漏らした

「そう言えば私があの時に意識を失う寸前に フラッシュ=バックがこんなことを言っていました
『貴方がたには 運命の輪を見てもらう必要があります』
『運命は常に天秤 歴史は天秤の揺れにほかならぬ ゆめゆめこのことをお忘れなきように』と」
「フラッシュ=バックって…あいつ 時間すら自在に操ることが出来るのか!? だとしたら とんでもねぇ化物だぜ」
「それを自らの幹部に擁していた フィクスカード…」
ランド=ローは改めてフィクスカードの底知れぬ偉大さ そして自分の組織の強大さと 恐ろしさを実感させられた
「中立神エントラヴァンス最高司祭フラッシュ=バック セヴィリオスが注意しろと言っていた人物の一人か…」
ソハナでのセイバーの言葉を思い出し呟いた ウォーラの独り言をサディが耳ざとく聞きつけた
「注意しろってあんた セイバーから何か聞いていたの?」

「え ええまあ…」
サディの問いかけに ウォーラは曖昧な返事を返す
「ウォーラ あのフラッシュ=バックって本当は何者なんですか?」
「私も詳しくは知らないんです ただ セヴィリオスが言うには フラッシュ=バックは聖帝の血を受け継ぐナゴスギール一族 烈帝ファイナルの息子の一人で 中立星神エントラヴァンス最高司祭だって 連中は星霊 かみ にも匹敵する力を持っているとか言っていました」
「ほかには誰がいるの?」
「えっと あとは東国の法王サンソレオと激情と炎を司る破魔法士ザンクギールとか言っていました サンソレオは敵にまわることはないが フラッシュ=バックとザングールはアホンダウラ側についているそうです」
「もし そのザンクギールとか言うヤツも フラッシュ=バックと同じぐらいの力を備えていて 俺達の前に現れるとすれば…絶望的だな」
誰しも目の前に立ちふさがる強大な敵の存在が 重く肩へとのしかかった

一方 殺氣が渦を巻いていた一触即発の状態から 突然 仲間うちの会話を始めた目の前の連中に
ラインもそしてレインドでさえ どう対応してよいものやら行動しあぐねていた
その上 その会話の内容もさっぱりわからないときている会話に 句切りがついたところで 暗く沈んでいる彼らにラインは話しかけた
「もしかして 貴方がたはずっと遠い 遥か異国の地からやってこられたのですか?」
その問いには サディが肯定とも否定ともとれる うなずきをかえしたにすぎなかった

「さて 兎も角 私達は あまりゆっくりとはしていられないので そろそろ出発するつもりですが もし 貴方がたも リゼウィンへ向かわれるのならば 御一緒にどうですか?」
「どうします?」
ドレイラが他の連中を見回した
「そうさせてもらいましょう どうせ私達には この辺りのことはよくわからないんだし それにとりあえず武器や防具を手にいれなきゃ話にならないわ」
「わかりました では片付けが終わるまで ちょっと待っていて下さい」
ラインは慣れた手つきで食器を集めると 鍋と一緒に近くの小川へと洗いに向かった
「ライン 手伝いましょう」
「あ 待って私も」
ドレイラとウォーラがラインの後を追って森へと入っていった

それを見送っていたレインドはラインの姿が見えなくなると 残りの荷を片腕で器用に自分達の馬にくくりつけ薙小刀を手に取ろうとした
「ちょっと レインド」
声をかけられレインドは後ろを振り返る サディが草むらに座ってこっちに来るように手招きしていた
「その左腕を直してあげる」
その言葉に最初 意外そうな表情を浮かべたレインドだが どこか引かれるところがあったのか黙ってサディの前にやってきて腰を下ろした
ランド=ローとアルジオスも興味深そうに寄って来る
レインドの切断された左腕の切断面を一瞥してから サディはその肩に左手を軽く添えた
そして右手はレインドの左手のあるべき位置にかざすと 瞳を閉じて福詞を訴い始めた

『あまねく慈悲の御心 大いなる鉱帝が星霊の名に於いて 世に光となって満ちよ 
失われし肉の衣は主の姿の写し 我が祈りに応え 元ありし正しき果実へと導け』
レインドは左肩に包容力のある暖かさを感じ ないはずの左腕にも その暖かさが伝わっていくような不思議な感覚を覚えた
祈りの言葉と共に レインドの失われた左腕が燐光によって その形をとり始めた
淡い光の透き通った左腕は しかしながらレインドの意志によって自在に動かせるものだった
物を掴むことは出来ないが それ以外は普通の腕となんら変わるところがない

「これでよし あと一週間もすれば この左腕も実体化して 自分の腕として使えるようになるわよ」
微笑みを浮かべるサディの顔を レインドは陶然と見つめていた
「これはありがたい 貴方は…貴方のこの癒しの力 そしてその高貴な美しさ 貴方は神が我に使わせたもうた巫子なのか…」
この時アルジオスとランド=ローは サディの後ろでこみ上げる笑いを かみ殺すのに精いっぱいだった
「ル ルドライアの 巫子だって…」
「まさにぴったり…」

「そこで こそこそと何を言っているのかしら?」
じろっと後ろを振り返ってにらむサディに 二人はあさっての方向を向いた
「いや 別になんでも」
しばらくしてきれいに洗った食器を抱えたウォーラとドレイラ そしてラインが戻ってきた
「じゃ 行きましょうか」
ラインの明るい声が高々と空に響き渡った

皇国暦九十年と呼ばれた 大陸暦で言えば前暦十年頃
当時 魔王国として デーモンテイルにおいて挙兵し 無敵の進軍を続けていたパピシャス率いる魔物の軍団 世に言う 降魔神軍 と 琥珀月皇国の戦いは熾烈を極めていた

魔王パピシャスの死霊力によって圧倒的な軍団力を誇る降魔神軍に対し 琥珀月皇国はそれに頑強に抵抗した
そして 遂に激闘につぐ激闘により それを撃ち破ったのである

国としてはそれほどの大きさでない琥珀月が 闇の大軍勢を相手にして勝利できたのは たった 一人の英雄的存在に支えられてのことと云っても過言ではない

英雄の名は ハイネスト=マクベリー
無人の野を行くがごとくの彼の戦いぶりはまさに 必剋将軍 の称号に恥じないものだったと言う
無限に繰り出す闇の妖怪を 琥珀月の軍隊に援護され戦う ハイネスト以下遊撃隊と呼ばれる面々が ことごとく撃破してゆく
そんないたちごっこが数カ月も続き ついに業を煮やしたパピシャスは
自らの手でこの戦に終止符を打つために 居城ナムクサンダラでの決戦を布告
すべてを賭けた戦いにハイネストは挑んだ 強大な力を持つ魔王にたった一人で

戦いの行方はハイネスト いや その心に打たれ 旅の途中で仲間となった三人と共に激闘の末 魔王に勝利したとされている
純白の鎧でかためた 地を操る杖を持つ長髪の騎士
清き泉の色の外套を纏った 水を操る壷を持つ仙狐
まだ年端もいかぬがおそるべき霊力を秘めた 風の指輪を持つ少年
そして ハイネスト=マクベリー
しかして 魔王を倒した後 彼ら四人の行方は誰も知らなかった
そう 必剋将軍が再び歴史の表舞台へとあらわれるまでは
そして 大陸革命が勃発するまでは…

タトラート深苑賢究会 エーベル=ストラウプ著「西大陸史」より抜粋


「リゼウィンの街は 別名 宝石で創られた街 とも呼ばれているところです 本来 降魔神軍は戦いで手に入れた街には 無慈悲で略奪のかぎりをつくしていたのですが この街に関してはそのあまりの美しさに心ひかれて 不干渉という特別の待遇を与えていると言われています」
目的地リゼウィンの街が街道の先に その姿を見せ始めた頃 ラインがリゼウィンの街についての簡単な説明をしてくれた
「とにかく 街中がきちんと整備され 整然としたきらびやかな美しさを保っているそうです 背後の山から産出される鉱石が リゼウィンの経済を支えていて まさに 宝石によって築き上げられた街と言えるでしょう」
そこまで言ってから ラインは羨望の眼差しで冒鋒者たちを見渡した

「しかし 本当に貴方がたは素晴らしい腕を持っていますね 心強い同伴者が得られ私達は幸運でした」
ラインとレインドの彼らを見る目は 森を抜けたときからまったく違うものになっていた
それは森での戦いで 彼らのその実力を目の当たりにしたからだった
相手は森巨傀が七匹ラインの実力では 森巨傀と戦うのは無理だと判断したレインドは
ラインを背後に下がらせ 片腕で薙小刀をかざし立ちはだかった
ラインをかばいつつ 森巨傀七匹の相手をするのは 彼にもちょっと荷が重い
とりあえず戦乙女の加護をラインにかけてから 手近な一匹に切りかかろうとした その時

アルジオスとランド=ローが横から飛び出し 同時にレインドの背後から 数発の雷閃弾が光の筋を引いてとぶ
サディとドレイラの呪文が森巨傀 数匹に炸裂し アルジオスランド=ローが素手で別の巨傀に飛びかかった

そして 苦戦すると思われた巨傀たちとの戦いは 彼らの助けによってものの数分とかからなかったのだった
その後もいくつかの怪物が姿を見せたが 冒鋒者たちの実力を確認させるにすぎなかった

「私も早く 貴方がたぐらいの力量を身につけたいものです」
話をしている間にもリゼウィンの街の門は近づいていた 門も街の名に恥じない立派な造りだった
どうやら衛兵のような者はいないらしい 門をくぐってサディ達はまずその美しさに目をみはった
まっすぐに延びる大通りにはきっちりと隙間なく敷石がはめられ それがずっと奥の中央広場まで続いている
その左右に立ち並ぶ建物もはかったように美しい家並を形成していて いたるところに金をかけているのが明らかに見て取れる
がそれが少しもいやな感じを与えない その街並みの雰囲氣はどこか高貴な王城と似ている氣がした

しばらくその美しさに見とれていたが ライン達が先に進むのを見て慌ててついていく
大通りを少し進み一軒の酒場の前で ラインとレインドは馬を降りた
すぐに建物の前にいた少年が駆け寄ってくる ライン達は馬の手綱を渡すと そのまま扉を押し開けて中へと入った 手綱を引いて少年は二頭を裏へと連れていく
まだ それほどの老舗というわけではないのか あまり古ぼけた感じはしない入口の木製の看板には 金剛の杯亭 という文字が彫られていた

店の中はまだ昼間であるので がらんとして人の数は少ない いくつかの卓が ぽつりぽつりと埋まってるだけだ
ラインは酒場に入るなり店内を一瞥すると すぐにカウンターにいる酒場の主人らしき男を呼び止め なにやら話し始めた
主人はラインの話を聞いていたが やがて残念そうに首を横にふる途端 ラインの表情に苦々しいものが浮かんだ
小さくため息をつくと ラインは主人に礼を言ってから 入口近くの八人掛けの円形の大卓に腰を落ち着けた
その左隣のイスに 物静かにレインドが座る ラインは卓の上で指をせわしなく組み直し 沈黙にひたっていた

「どうかしたのですか?」
その表情がやや沈んでいるのに氣付いたドレイラが声をかけてみた
「いえ べつに…それよりも貴方がた冒鋒者というのは こういう酒場で仕事をもらはなくてはいけないのでは?」
「ああ 俺が聞いてこよう」
アルジオスが席を立つと カウンターへと向かった

「親父さん 何か仕事ないかな どんなやつでもいいんだが」
カウンターに肘をついて 忙しそうにカウンターの中を行ったり来たりする主人に声をかける 親父は仕事の手を休めずに視線だけをアルジオスに向ける
「生憎 何もないなあ」
「怪物退治でもいいんだ 腕にはかなり自信があるからな 俺達 岩窟竜 程度なら まとめて四 五匹は相手に出来るぜ」
「…」
「あんた もしかしてホラだと思ってないか?」
「…いいや そんなことはない ただなここいらの怪物はみな 降魔神軍に組み込まれたか 琥珀月の軍隊に殺されたかしたからな 今じゃ ほとんど姿を見ないんだ」
「そうか…本当に一つもないのか 仕事は」
「ああ 残念だがな 」

主人は次々とグラスを手にとって 素早くきれいに磨いていく さすがに年季を積んでいるだけあって 慣れた手つきだ
アルジオスは しばらくその手の動きを見つめていたが 諦めたようにカウンターを離れようとした
「待ちな 兄やん」
主人の呼び止める声に アルジオスは足を止め後ろを振り返った 主人は相変わらずグラスを磨く手を休めずに
「わしは こういう仕事柄 今まで数限りない傭兵たちを見てきた 
そんなやつら相手に長年商売をしてきたんで 今じゃ一目見ればそいつがどの程度の実力かも わかるようになった 
わしの見たところ あんたは本当に素晴らしい腕を持っとる 雰囲氣でわかるよ あんたが言ったように小竜級程度なら簡単にしとめるだろう 
それだけの実力を持っているのは わしも今まで 片手に数えるほどしか会ったことはない」
そこで主人は顔をあげると 顎で店の奥の壁を示した

「あの貼紙を見てみな 仕事とはちょっと違うが あんたぐらいの腕なら 価値のある貼紙だと思うがね」
確かに店の奥の壁に掲示板のような場所が設けられており 一枚だけぽつりと貼紙が張ってあ る
アルジオスは言われたように貼紙を読もうと近づいた

 デーモンテイル主催 第三回ランドコロセウム 剣闘士大会

そんな見出しがアルジオスの目に入った どうやらデーモンテイルの街で今度開催される
剣闘士大会で一般の募集をしているらしい
出場規定などは別に書いてなく 命のいらないものという当然の条件は別として
優勝すればかなりの大金が約束されている金は欲しいが それよりもアルジオスは大会自体に興味を持った 闘争本能を刺激されたのだ

その時 背後に視線を感じて アルジオスは後ろを振り返った いつの間にかレインドが立ってじっとこちらを見ていた
いや その視線はアルジオスにではなく貼紙へと注がれていた
「レインド この記事がどうかしたのか?」
その瞳に懐かしそうなものを感じ取った アルジオスは声をかけてみた
しかし レインドは何も言わずに くるりと向きを変えると
ラインたちの卓へと引き返し アルジオスもつられるようにして方卓へと戻る

「どうかしたの? レインド」
視線はレインドに向けたままサディは小声で ラインに尋ねてみた
ラインは給仕の女の子が持ってきてくれた 甘いローズリキュールのグラスを手の中で転がしながら口を開いた
「レインドは琥珀月の国内では 結構 名の知れ渡っていた剣闘士だったのです いままで数多くの戦いに勝利し その名声は国外にすら響くほどでした そしてその功績によって 剣闘王グラディマスターとしての地位を獲得し 王者としての引退を許されたのです 彼の剣闘士生活の最後を飾る引退試合の相手は 年の頃 十七八歳の若者でした」
ラインが話をしている間 レインドは一言もしゃべらなかった
ただ貼紙を見つめる彼のその遠い瞳は 自らの過去を回想しているかのようだった

「その少年は薄汚れた布の服一枚のみ纏い 小剣 グラディウス を二本逆手で持つという奇妙な出で立ちでした少年の名は ハイネスト と言い…」
「ハイネスト!?」
重複した驚きの声に ラインは笑みを浮かべる
「そうです後の…ああ 話が反れそうですね では…レインドはためらわずその少年に最初の そしてレインドにとっては最後の一撃のつもりでそれを放ちました しかし その斬撃は少年にすっとかわされ その後レインドが全力で剣を振るえども振るえども ハイネストはそれらをことごとく体を反らしながらかわしました その攻防が続くことおよそ五分 レインドが一息つこうと剣を構え直そうとする 刹那 彼の両足の大腿部に二本のグラディウスを突き立てられていました レインドはその場に倒れてもはや戦闘不能になり 勝利者のハイネストは 敗北者には死という掟のかわりに レインドの利き腕とは逆の左腕をその場で切り落とし それを高々と上げ自らの勝利宣言を行ったと言われています そうだろ レインド」
レインドは天井を仰ぎ 懐かしそうな口調でその固き口を開いた

「私はあのお方に命をつないで貰った身 いまでもその恩は忘れてはいない」
「ハイネスト=マクベリー…」
アルジオスの言葉には羨望の響きが込められていた
大陸六戦士の一人 流浪の暗黯剣師ハイネスト
覇軍星のもとに生まれ 闘争星に生きた 大陸指折の剣士として傭兵達の間では伝説の人物
大陸革命の時に同じ六戦士に数えられるリューク=スーズとの壮絶な一騎打ちに破れ 生死不明とされているが
今でもアルジオスが最も尊敬し 崇拝している人物であった

「レインドの左手はその時に失ったんですか…」
納得して呟いたウォーラは ふと自分の視界に奇妙なものが映った
それは自分の向いに座ってラインの話に耳を傾けているサディの腰元に後ろの卓に座った青年の手が すうっと伸びる様だった
「あっ!」
それが何を意味するのかウォーラが氣付いたのと 小さく空を切る音がしたのはほぼ同時だった

トンッ
乾いた音と共に 細身の 匕首 ダガー が青年の手と サディの間に割って 木製の椅子に突き刺さった
「うわぁあっ!!」
青年は突然飛んできた匕首に驚いて 椅子から転げ落ちてしまった
情けない声をあげて床にへたり込む

「ん?」
声に氣付いたサディが後ろを振り返る
「ひひゃあ!! すいませんっ!」
青年は慌てて立ち上がるとあたふたと逃げ出す
酒場の外へと駆け出していくときに 戸口で新しく入ってきた人物に追い打ちをかけられるように ごつん とその頭を殴られ 青年はひーひー言いながら通りへと消えていった

青年の頭をどついたのは純白の金属鎧を身につけた青年だった しかしラインの白桃鎧というのではない まさに聖騎士のようにまぶしいほどの白一色
長く伸ばされた漆黒の髪は背中で縛られ その下からは背に負った美しい造形の凧盾がのぞいている
一点の曇りもない澄んだ深い緑の瞳が印象的で 不思議なことにその顔は若くも老いても見えた
腰には 見るものが見れば輝くばかりの氣が溢れ まさに聖剣というべき長剣が下げている

「まったく 馬鹿者が…」
男は外に向かって 呆れ顔で呟いた
しかしランド=ローは先ほどのダガーは あの位置からでは不可能であり この男が投げたのではないことに氣付いていた
ランド=ローは視界の端で ダガーを投げた別の人物を捉えていた

「何 アイツ」
消えていった青年を訝しげな表情で見送ったサディ
「痴漢ですよ 痴漢 師匠のお尻に触ろうとしていたんです」
「まぁ なんて趣味の悪い…」
「ドレイラ それどーいうこと?」
「失礼 なんて命知らずな人かしら…」
「にしても…」
自分の椅子に刺さったダガーを引き抜いて サディは店内を見回した
「誰が投げたのかしら?」
すっ とランド=ローが立ち上がり無言でそれを受け取った その前にアルジオスがすっと手を差しだす

「ランド=ロー 俺が試そう」
「氣付いたか…」
ランド=ローはわずかに口元を歪め それ以上は何も言わずダガーをアルジオスに手渡した
匕首の鈍く光る刃を見つめていたアルジオスは やにわにそれを右手で放った
わずかに空を裂く音をたてて 銀閃がきらめく

ピッ
正確無比な狙いの 投擲 とうてき は しかし ぴたり と宙で止まった いや止められた 人差し指と中指の二本に挟まれて
みんなの視線が一斉にそこに集中する
奥の卓で一人優雅にグラスを傾けていた その人物はダガーを指に挟んだまま ゆっくりとこちらを向いた
驚いたことに それはまだ年端もいかない十二 三歳の少年だった
手に持ったグラスの中で 鮮血のような 狡猾女 ドライマティーニ の美酒が 波うつように揺らいでいる

鮮やかな手つきでダガーを懐にしまい 少年は不敵な笑みを口元にたたえ アルジオスを見ると 再びグラスに残った酒を傾け始めた
「あのガキ 俺の投げたダガーを受け止めやがった…」
自分の投擲には 絶対的といっていいほどの自信を持っていた
アルジオスにとってその実力がわかっていたとはいえ 目の前であんな少年に防がれるのは さすがにプライドが傷ついた

「兄者」
純白の鎧の男は奥の卓にその少年に声をかけた
「ああ 戻ってきたか」
少年は男に氣付くとグラスを持ったまま席をたった
呆然とした顔でアルジオスの投擲を受け止めたその少年を見ていたサディたちは今度は唖然となる
間違いなく戸口の男は 兄者 と言った
どう見ても十二 三 どうさばを読んでも十五歳程度にしか見えない少年にだ

そんな視線はおかまいなしに 少年は戸口の男の方に歩いていく
純白の鎧の男も少し歩を進め その後から さらにもう一人の男が姿を表わした
この長髪の男とは 正反対の闇のような深い色の鎧を纏った青年だった
サディ達と同じように呆然と少年を見つめていたラインの眼差しが その黒い鎧に吸い寄せられる

年は二十歳を少し過ぎたぐらいか それほどの大男ではないが
闇の鎧に覆われた筋肉は これ以上ないといったぐらいに引き締まっている
鎧と同じ色の髪は純白の鎧の男ほどは長くは伸ばされてなく 肩の辺りまでで切られている
切れ長の目が落ち着いた もう少し的確に言えば 冷静でひややかな印象を青年に与えていた

そして決定的に純白の鎧の男と違うのは 腰に下げた長剣だった広刃の長剣は 見るもの全てに不氣味で近寄りがたい闇の霊氣を放っていた
ラインはその青年の存在に氣付くと いきなり席を立ち上がって駆け寄った

「将軍!」
青年はゆっくりとラインに視線を向けた
「リチャードか」
ラインいや 琥珀月皇国軍 公式登録 皇国軍 第十三機動部隊長 リチャード=ライン=ディフォルト=ワイスマンは 思い詰めた眼差しで 青年を直視した

「あっ」
同時に ドレイラは今まで 心に引っかかっていたものが何であるか解った
ライン…どこかで見たことがあると思っていたが その一言でようやく解かったのだ
ブレイハルト神聖国作戦参謀副官リチャード=ワイスマン その少年時代の姿が彼だったのだ

そしてウォーラも いや シリアとしての記憶の隅に 青年の姿を見つけていた
まごうことのないあの剣の形漂うあのオーラ
かつての大陸革命の時 アホンダウラの軍勢と戦っていた時代に確かに一度見たことがあった
破壊の剣と呼ばれ 無敵を誇った聖剣 世に認められる陰の剣 地呑獅刀
そして対極の存在 陽の天喰狼刀を持つ 大陸六戦士の一人リュークとの死闘を繰り広げた人物…
あの時の風格と同じ いやさらに若々しい 間違いないあれは…

「ハイネスト=マクベリーだ…」
今の世では『琥珀月の必剋将軍』の異名を持つ 救国の英雄ハイネストは目の前のリチャードにも表情を動かさず只見据えていた
「将軍 今一度頼みます 一緒に…戦わせて下さい!」
リチャードはいきなり カバッ と両手を床につけ頭を下げる

ハイネストは すっ と眼を細めた
今のこの状況で 自分の元部下であり 愛弟子であるリチャードにかけてやれる言葉は何であるか…
ハイネストは思案していた
酒場の中の人々は そして もちろんサディ達も その光景をただかたずを飲んで見つめていた

しばらくの沈黙が続く
ハイネストは細めた眼をようやく開けると リチャードの側にいって片膝をつき語りかけた
「お前では…力不足だ」
リチャードは黙ったままだった ただ その肩をふるわせて溢れ出ようとする涙を必死にこらえていた
自分には魔王に挑み生き残れる力はない 自分の様な未熟者を戦友としては認めはしない
解っていた それぐらい解っていた しかし 言い様もなく悲しかった…
瞳に溜った涙が一滴 床を濡らした

ハイネストはリチャードの後ろにいるレインドを一瞥する レインドは眼でハイネストの言いたいことを確認すると席から立ち上がり 頭をたれたままのリチャードに諭すように話しかける

「ワイスマン卿 もはや将軍の同行が出来ないと解った今 一刻も速く我が祖国 琥珀月に戻り 一命の奉公を尽しきることが 貴殿の残された道だとは思いませんか」
溢れそうになる涙を抑え リチャードは立ち上がるとそれ以上は何も言わず ただハイネストに向かって一礼をすると 酒場から出て行った
寂しげなその後ろ姿に リチャードのすべての想いがあった
レインドも 薙小刀 ショートグレイブ を手に その後を追うようにして出ていこうとするとき ハイネストが後ろから声をかけた

「レインド お前…いや貴方には 色々と我がままを言ったな」
後ろ姿のレインドは ピタリ と立ち止まると フッ と笑う
「いやですね将軍 それが別れの言葉に聞こえますよ」
振り返らずにそれだけ言うと レインドも酒場を後にした

ハイネストはしばらく姿の消えた戸口に視線をやっていたが やがて ふっきったように自分の剣へと手を触れる
「そうだな…これでいいんだ…」
剣を見つめ独り呟きを漏らすと 純白の鎧の男と少年と一言 二言 言葉を交わしてから 再び店の奥の方卓を一つ占拠した

「ライン 出て行っちゃった…」
「寂しそうでしたね 彼…」
ライン達が消えしばらくはハイネスト達の行動を見ていたが 彼らはただ卓についているだけで 何の動きも起こさず そのうち暇になってしまい 自分達の会話へと花を咲かせ始めた

「で 俺達はこれからどうする? あのデーモンテイル主催の剣闘士大会だが出場してみるのも面白いかもしれんが」
「そうですねぇ…」
「どうせこんな過去の時代にいるんじゃ 何をするっていうアテもないだろう 元の時代に戻れるっていう保証もないしな…」
「確かによほどの相手じゃない限り 負けはしないでしょうね アルジオスかランド=ローなら優勝できるんじゃない?」
「けど…もう本当に元の時代に戻れないんでしょうか?」
「さあな フラッシュ=バックの意図がわからんから なんとも言えん」
「そんなに心配しなさんなって そのうちなんとかなるわよ」
「師匠 楽天的ですね」
「そうかしら? 考えてもみなさい ラカンパネラは あの時私達を殺そうと思っていたのよ なのにあちら側についていたはずのフラッシュ=バックは 私達を生かしたまま過去の時代へと飛ばした つまり あいつにとってはまだ私達が必要なのよ それなら またいつか元の時代へと引き戻してくれるでしょう」
「そうでしょうか…」
「そうよ」
こんなおかしな会話を 他の客が聞いていたら きっと変な顔で ひそひそと陰口を叩いたであろうが
幸いサディ達の近くには さっき逃げた青年以外の客はいなかった

「ま 何の仕事もないんじゃ 出場するしないは別として 剣闘士大会に行ってみるのもいいかもね」
「けど ひとつも装備がないぜ それどころか俺達には銀貨一枚もない」
「うーん…」
一同は一斉に悩んだ

装備や金がない→仕事が欲しい→しかし仕事がない→剣闘士大会に行く→しかし行くまでの旅費がない→(最初に戻る)
悪循環である まったく動きのとれない状態だった

しかも 時はこうしているうちにも流れていく
その時 ポンッとサディが手を打った
「いいこと考えちゃった ちょっとここで待っていてくれない?一刻ぐらいしたら戻って来るから」
それだけ言い残すと サディは席をたって店を出て行った
「何を思い付いたんだ あいつ?」
アルジオスはもちろん ランド=ローにすら見当がつかなかった
「さあ…」
とりあえず他に何も浮かばない今 サディが戻ってくるまで 他の連中はここで待つことに決めた

大通りに走り出ると サディはすぐに中央広場へと向かった
街の中心に位置する中央広場には 絶え間なく清らかな水を噴き出している大きな泉があった
太陽の光が水しぶきに反射し きらきら ときらめく様がとても美しく 街の人々の心を和ませてくれる憩いの場としてよく利用されているらしく 広場では多くの人が休憩をとっていた

サディは大理石で造られた泉の縁に腰掛けると 優雅な動作で足を組む
後ろの泉のゆらめく水面にそっと手を差入れると冷たい感覚が伝わってきた その白魚のような指で何度か水面をなぞる
広場を通り過ぎていく男達が ちらちら と自分の方に向ける視線がはっきりとわかった
さぁて お魚さんはかかるかしら…

「お嬢さん 誰かをお待ちですか?」
少しのち自分にかけられた声に サディは水面から顔をあげた
眼の前に立っていたのは二十歳前後の金髪の青年だった 線の細いどこかの貴族の子息といった 品のよい顔立ちはなかなかのハンサム君
色男 金と力はなかりけりとはよく言うが この青年はその例に漏れているらしい
さりげなく身につけた指輪などの装身具は全部純金性だ 服もオーダーメイドらしく かなり高そうなものを着ている
どこからどうみても金と容姿にものを言わせて 街の女を口説き回るプレイボーイにしか見えない
この青年にとってごく普通の服をきているサディも そんな女の一人に見えたのに違いない
なかなかの金持ちね こいつで決まり…

「ええ だけどすっぽかされちゃったみたい もう一刻も待っているんだけど 彼まだこないの」
まったくの嘘である さっきここに来たばかりだし 彼なんか待ってはいない しかし サディはいかにもといった表情をつくってそれに答えた
「なんてひどい男だ 貴方のような美しい女性を こんな所で一刻も待たせるなんて」
そう言いさりげなくサディの横に座り キザっぽい笑みを浮かべ 青年はサディの瞳をじっと見つめた
「そんな男がいるなんて信じられないな 僕ならきみのように素敵な人と ひとときも離れていたくない 絶対に待たせるなんてことしないけどね」
「そう?」
サディは艶やかな笑みを浮かべ わざとらしく足を組み直した
すらりと伸びた白い脚は日差しを浴び一層色っぽい 青年の視線は その美しい脚線美におもわず釘付けになった

「どうだい? そんな冷たい男なんか忘れて僕と一緒にお茶でも」
どうしてもその脚が氣になるらしく その視線はちらちらとそちらを向いている
「んー…そうねぇ貴方お金持ちそうだし どうしよっかなぁ…」
人差指を口元にあて サディは空を仰いで考えるふりをする 適当な時間をかけてほどよく相手をじらしたところで サディは流し目氣味に青年を見た

「ま どうせ帰ってもする事ないし いいわよ」
青年はやったとばかりに笑みを浮かべ サディの腰にすっと手を回して立ち上がり
「この街の北側でなかなか雰囲氣のいい酒場を知っているんだ 僕と君のすてきな出会いに乾杯といこうか…」
と優しくささやく

…街の女にしちゃなかなかの上玉じゃないか この弧人 ま 俺のこのハンサムな顔と 金をちらつかせりゃざっとこんなもんよ
「貴方もせっかちねぇ…お酒は逃げたりしないわよ」
妖しく微笑みを返すサディ
…かかった かかった 予想以上の大物だ こいつからなら銀貨二 三百枚はかたいわね 私とつきあうってことが どれくらい高くつくか教えて あ・げ・る♪
ああ 美しいってなんて罪なのかしら…

数時間後 青年は外見に騙され 悪魔のような女に声をかけてしまったことを
死ぬほど後悔するのだった…御愁傷様

アルジオスはずっとハイネスト達を 正確に言えばハイネストを見ていた
あれ以来 方卓についたまま 純白の鎧の男と少年となにやら話をしている
純白の鎧の男の顔には 時折さまざまな感情が浮かんでは消えていたが
主に話をしているハイネストの方は ほとんど表情を動かしてはいない
少年は揺れるワインの表面に目をやり その会話にはほとんど加わっていなかった

「どうかしましたか? アルジオス」
サディがいなくなって当然のごとく ランド=ローは独り沈黙の世界に浸っていた
腕を組んだままうつむくと 彫像のようにぴくりとも動きを見せない
そんなわけで何もすることのないドレイラとウォーラは シリアをネタにして暇つぶしに会話をしていたが
その会話に一句切りがついた頃ドレイラは アルジオスが卓に頬杖をついて じっ とひとつのところを見つめているのに氣付いた

「んー? ああ いや あのハイネストに まさか会えるとは思っていなかったんだ」
アルジオスはハイネストに憧憬の眼差しをむけていた
「あの大陸革命の時 俺はまだガキだったんだ だから幼心に会いたいと思っていたが 会えなかった しかし 俺が傭兵となって大陸中を旅できるようになったときには もう彼は歴史の舞台から姿を消していた…」
「私も若いときの彼を見るのは初めてですよ 大陸革命の時 彼はもう壮年でしたから」
「流浪の暗黯剣師 か…」
会話を続けているハイネストの後ろ姿に アルジオスは呟きを漏らした

「主人 ちょっとすまぬが…」
難しい表情で純白の鎧の男が手を挙げて カウンターの主人を呼ぶ
仕事を中断すると主人は彼らの卓へとやってきた 主人とハイネスト達は数言 言葉を交わしていたが
「ん?」
アルジオスは意外そうな表情を浮かべた 主人がこちらを指さしてなにやら言っているのだ
純白の鎧の男と口数の少なかった少年が ハイネストに言葉をかけ ハイネストは少しうなづくと 三人は席から立ち上がり 他でもないこの卓へと近づいてきた

「暇を持て余しているのなら 仕事があるんだが 俺達の依頼を受けるつもりはないか?」
卓の横にくると ハイネストはその場に立ち尽くしたままアルジオスを見おろす
どうやらアルジオス達が 何か仕事を探しているということを主人に聞いたらしい
「内容は? 野生の竜退治か何かか?」
ハイネストが ラインの助力の願いを拒んだところからすると どうやらかなりの腕を必要とすることは確かだ
サディがいない以上 ここで勝手に決めるわけにはいかないが とりあえず話だけでも聞いておくことにして アルジオスは体を起こした

「魔王の討伐」
ランド=ローがふっと瞼を上げる
予想以上の獲物の名にアルジオスは ほぅと感嘆の声を上げた
ドレイラも興味深そうにハイネストの顔を そして後ろの純白の鎧の男と少年を見る
「報酬は?」
「民達の安らぎの心 と言ったら?」
ニヤリとハイネストは笑みを浮かべた
アルジオスは自分の心に何かが ふつ と沸き起こってくるのをはっきりと感じていた
そして それが何であるか彼自身すでに氣付いていた
ハイネストの眼差しは それすら見透かしているかのようだった

「…面白そうじゃないか 個人的には好きだぜ そういうことは だが 残念ながらこの面子のリーダーは俺じゃない」
「ほぅ 俺はてっきりお前とばかり思っていたんだが」
「さっき出て行った あの狐人の魔法術師が 今の俺の雇い主だ それにどのみちあいつが戻らなきゃ 今の俺達には装備すらない」
アルジオスの言っている意味に氣付いたハイネストは 納得の表情をみせる
「なるほど ならば戻って来るまで待とう」
「もっとも 答えは聞かなくてもわかっているけどな」
サディの答えが予想できるアルジオスは苦笑する

空いている椅子の一つに腰を下ろそうとしたハイネストに向かって ランド=ローが何か言おうとするより早く 少年が機先を制して口を開いた
「その必要はないようだ どうやらもう戻ってきたらしい」
言い終わらないうちに 酒場の戸口に人影が現れる
少年の言った通りそこにはサディがいたが この酒場を出て行った時の服装とは違って今は 上質の布で織られた美しい色合いの外套を纏っており その顔にはにこやかな笑みすら浮かんでいた

「みんなーお ま た せ」
浮かれた足取りで卓に帰って来ると サディはこれ以上ないといった至福の笑みで懐から天鵞絨ビロード色のいかにも高そうな布にくるまれたものを取り出した
「これが収穫よ」
布の中から現れたのは大小取り混ぜて四つの宝石だった 小指の先程度の 金剛石 ダイヤ から うずら の卵ぐらいの 石榴石 ガーネット が二つに 緑玉石 エメラルド が一つ
そして中に一つ 赤ん坊の握り拳ほどもある 驚くほど大きな 青玉石 サファイア が混じっている
これらをどう見積っても十万銀貨は下らないであろう まさにひと財産が サディの手の中で美しい輝きを放っていた

「どうしたんです これ一体どうやって手にいれたんですか?」
驚きとも呆れともつかない顔で ウォーラが尋ねた
「氣にしない 氣にしない 別に犯罪をやったわけじゃないから それより これだけ宝石があれば みんな一通りの装備は揃うでしょう」
再びそれらをビロードの布にくるんでしまうと サディは自分が出て行った時には 別の卓にいた三人を見渡して
「で 私がいなかった間に 何かあったの?」
「仕事だ こちらさんが俺達に依頼をしたいんだと」
アルジオスが手でハイネストを示す
「魔王の討伐だそうだ」
「へぇー みんなそれに賛成なんでしょ? 別にいいんじゃない 剣闘士大会なんかより そっちの方がよっぽど楽しそうだし」
予想通りの答えだ
アルジオスはゆっくりと椅子から立ち上がった

「そう言うことだ必剋将軍殿 そちらの他のお二人の名前は?」
純白の鎧の男が一歩足を踏み出すと
「私はサンソレオ=アモナート こっちの兄者は…ジョーカー」
「サンソレオってあのナゴスギール一族の…!」
叫びを上げたのはウォーラだった

サンソレオ…それはセイバーが言っていた
聖剣大帝ナゴスギール一族 第十五代目聖帝 烈帝ファイナルが息子の一人
第十六代目聖帝サンソレオ じゃあ 兄者って…
ウォーラは少年の顔を凝視した
「お前たち知っているのか…ならば隠す必要もないな 俺の名はフラッシュ=バックだ」
「フラッシュ=バック…」
サディは目の前の少年を不思議な眼差しで見つめた
この少年が二十八年後のあの憎ったらしい フラッシュ=バックとはにわかに信じ難い

「ハイネストに サンソレオ フラッシュ=バック…か」
ドレイラだけが一人 納得したような笑みを浮かべている
「そっちは?」
サンソレオにうながされ 五人は順々に自己紹介をしていく
互いに新たなる戦友を見つけた 二つの 徒党 パーティ は連れだって酒場を後にした
酒場を出た所でハイネストが ふっと宙を仰いで言う

「これが新しい仲間だ ラトゥヌムゥ」
それに答えるように優しげな風が吹く 奇妙な顔でハイネストを見ているサディ達に サンソレオが言う
「私達にはもう一人仲間がいるのだが 彼女は人前に出るのを嫌う 今は姿を見せていないが 街を離れれば 後々現れるだろう」
「そうなの とりあえず私達は これから装備をととのえに行ってくるわ」
街の通りを商店の立ち並ぶ中心部に向かって 歩き始めたサディ達にハイネストは後ろから声をかけた
「ならば 街の門の所で待っておこう準備が出来次第 来てくれ」
「わかったわ」
ハイネスト達も反対の街の門へと足を向けた

天頂に位置する太陽はのどやかな午後のリゼウィンの街に暖かな日差しを投げかけていた
これから始まる死闘とはまったく無縁であるかのように 大陸の天秤を大いに揺らした大陸前歴十年の戦いは いよいよ決着の時を向かえようとしていた

いつの世にも風は流れ続ける

光と闇

陽と陰

対極の存在がある限りは

時代によって異なる流れを見せる風は 時の中を吹き抜ける

二つの力の均衡がとれた時 風は止まる

それは大陸の終焉の時…




>>次が章ゑ




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