第十節 「賢にして剣にして険 −後符−」

酒場を出てサディたちは足が止まった 空には暗雲が立ち込めていたはず
しかし 今は満天の星空の下にいた

一同は突然の不思議にとまどっているも 今は野党たちに行軍していかなければならない
町の通行門に近づくにつれ どうやらこの町は何かに覆われていることに氣づいた
サディは口火を切る

「古妖精時代の産物 虹剛金ミスリルという訳ね ミスリルの幾可学の色彩を 星空色に換えるまでの力 これもあいつの仕業かしら…」
やがて 町の出入り口付近に 町長さんと馬に跨った騎士らしき人物がいた
騎士は町長に挨拶らしき礼を一つかわして 早足に町の外へと馬を走らせ出て行った
サディ達が近づくとミレーは声を掛け

「行き成りの事で ただ 驚いているばかりですが ブレイハルトの騎士の方々が 駆けつけて下さいまして ただ 大変を一任する次第 宜しくお願いいたします」
「まぁ 面白そう だったらと 俺の雇い主は言うだろけど」
アルジオスは 後ろを振り向く
「向こうの方が 強いことを祈りなさいね」
とサディは呆氣に盗られる ミレーを横に通り過ぎていく

サディは行軍の全員が馬に乗っていることに氣付く
こいつらは一般募兵の兵士達でなく 国から何らかの禄をうけた騎士達で ブレイハルトの聖騎隊といえば ハルノアの騎馬軍団 龍槍 に次ぐ突破力があると通説されている
サディにはこれを率いる司令といえば 神聖国でもかなりの重要人物であると判断した

「フフ 遊べそうじゃないの…」
街から離れ暫くいくと 軍の足並みは止まる
サディたちは先頭まで進むとそこには 戦斧を肩に掛けた偉丈夫の親父が馬に跨りては 丘陵の頂きで下の沃野を何か思案げに見下ろしてるのが見える
サディは れがレッカ=サンダーボルトだと氣付く
噂高きブレイハルト六旗将の一人で 今回の司令官としてビクトラウトからアウトサイドに駆けつけたのであろう サディ達が近づくと レッカは下を見据えながらそのまま口を開いた

「おぬし等の事はカルクレアーから聞いとる そうとう腕っぷしがたつらしいが まあ 挨拶はいらんから 馬に乗っていけ」
と 云うと後ろに控えていた 兵士達がサッと行動にでる 次に
「…よし!この下に陣を張るか 一同 進軍!」
の号令と供に また隊列は動き始め サディ達に然る従者の手により 良く馴らされているのか粛然とした軍馬が用意される

サディは堂々とレッカのそばに馬をつけると レッカ曰く
「奴は礼儀知らずのお主とは 性に合わんとか言ってたが」
その偉丈夫の後を黙々と行軍する騎馬武者達は なに食わぬ顔で平然としている

「ここにおる連中はバルジェイと申す わが国の将軍が雇った義勇兵らしいが 主らの品性がどうとか問題にするなら それ以前にわが国こそ 勝つためとは言えなりふり構わない 後ろの連中を なんとかすべきだと思うから 氣にはせんでくれ」
振り向けば成る程 騎馬隊のある一人が 飄々 と鏃に痺れ薬を塗っている
レッカはむすっとして横目で見ながら

「戦場で敵と堂々と戦い抜く それを守れば 後はとくに大事無き事だ」
サディは 口を開く
「そうね 私も正面から ハデにヤる主義だし 毒物には縁がなさそう ところで 攻めるタイミングを私にまかせてみない?」
レッカは正面を向いたまま
「我が軍に加わるのか?」
サディは微笑む
「あんたたちが向こうより 強そうだったら敵にまわるけど」
レッカは豪快に笑う
「かまわんよ 今回の戦いは敵が 六指 の旗 つまりアホンダウラが紋章の旗印を掲げ およそ数千人規模である以外 情報が入らなくてな 結局 弓馬を使って様子をみたら ソハナに戻る腹つもりじゃたからのう」
サディも笑いながら言う
「ふーん で 構わないのは 敵にまわる事も含めて?」
レッカは 遠目の如く細めつつ
「それはお主らしい考えだな 敵になれば是非もなし その采配の末は 輝日女伸シリア殿しか知らぬ故」
後の部隊が一斉にドッと笑った
ただ 一人を除いて


「ラバス アホンダウラからソハナ侵攻の命令が届いた」
ここはアホンダウラ降魔神軍本隊
ラカンパネラ火狗隊の駐留する 陥落したばかりのペルソネ指令部 ラカンパネラは静かに 参謀であるラバストーンに声をかける
ラバストーンは目を閉じると 一句一句感情を込める様に答える

「また 始まるのですねぇ…私の最も嫌いな そして 貴方が最も好む戦争という無駄な運動が」
ラカンパネラは反論をしない いつものラバストーンの愚痴だ ラカンパネラはそう思いつつ別の言葉を伝える
「ラバス! ソハナは何日耐えてくれるかのう」
ラバスは感情をわざと殺して淡々と答えた
「二時間と打算いたしますが…」
ラカンパネラは満足そうにラバスに何か一言告げると 胸元につけていた金のペンダントを自然と触っていた
ラバスはそれは何であるかと尋ねる
「ああ これかこれを触るのは第二期妖精皇国を出て数年 その時からの癖になっている」
ラバストーンは首を傾げた

と その時に一人の いや一頭の獣化人が 一人の縄で雁字搦めにした人間の女を連れ 瞬間移動して来た
男は意気揚々と将軍に告げる
「この女はこの辺りをうろうろと…と 申しましても氣配なぞを隠しておりましたが うろついていたので怪しい奴と思い ひっとらえてきましたが」
明らかに特別な恩賞目当てだと言う表情で言う 女が顔を上げるとラバストーンは目を見開いた

「お前は ロレドールス…」
女−ロレドールスは黙ったままだった ラカンパネラは表情を面に出さず ただじっと見つめていた
が ロレドールスの潤んだ瞳と 何かにおびえるかの様に震えている身体
そしてロレドールスの身体から この獣化人の体臭をかぎ取るや否
ラカンパネラは静かだが 圧迫感が溢れんばかりの低い声で男に言う

「怪しい奴を捕らえ次第…直ぐに連れてこい と言うのが解らんのか…」
「は?」
男が答えたその瞬間 ラカンパネラは腰の長剣を抜き放ち 男の眼前で縦一閃に唐竹らば
その衝撃で後ろの壁が びりびり という音を立て 裂けた男の右腕が床に転がる
男の顔は痛みよりも 恐怖にひきつっていた

「…下衆が…」
男は頭を下げると逃げるようにして その場を出て行った
「ロレドールスここは欲望に飢えた野獣達が群がっている巣…女であるお前が無事な身体ですむわけがない…」
ラバストーンは感心した様にロレドールスに言う
「しかし よくあの結界を通って来れたものだ」
ロレドールスは小さな声で 言葉をぽつりぽつりともらし始めた

「二年…二年かかりました ラカンパネラ様が第二期妖精皇国を脱退し その理由をすべてローラ=ドーロに聞いた時 私はその場でローラ=ドーロに辞表を投げつけて出てきました」
「私を見つけるのに二年もかかったというのか…大馬鹿者 俺だったら 二時間で諦める」
ラカンパネラはロレドールスを見る
「帰れ」
唖然となったロレドールスに向かって さらに言葉を続ける

「戦の足手まといになるだけだ…お前の実力からいって俺の足手まといになる 俺はそうなった時 ロレドールス お前をためらいなく殺す」
ロレドールスは黙っていたが一言
「殺しなさい」
ラカンパネラの細まっていた目が少し見開かれたかにラバスは思えた

「いや 殺して下さい 私が氣にくわないというのなら 喜んで死にましょう ただし ラカンパネラ様の手自らで」
ラバストーンが何か一言呟いているが ラカンパネラの耳に届かなかった
そしてラバスはラカンパネラの雰囲氣 いや 殺氣を感じ部屋を出て行った
全体に緊張がはしる
ラカンパネラはロレドールスを睨み付けているが ロレドールスは少しも臆してはいなかった

「ロレドールス… お前は何故俺についてくる 今の俺は第二期妖精皇国にいたラカンパネラに非ず アホンダウラ降魔神軍大将軍ラカンパネラだ だから俺は自分の部下とは云え 第二期妖精皇国の仲間達と別れた ラバスは俺の友…参謀である故 ついてきたのだが」
「ならば 私はラカンパネラの愛人」
ラカンパネラは声を張り上げた

「誰が お前を愛人にしただって!」
ロレドールスは悪戯に笑いながら
「私が 勝手に愛人になったまで」
「…俺は自分で言うのも何だが 女が群がる迄の美男とは云えないが お前は一体 何を考えておるだ?」
「では 数百年前 第二期妖精皇国に新米の兵士がいまして とある酒場に入って行った時の話でも…」
ラカンパネラは口元に微笑を浮かべていた
「そこに 美しいドレスを着飾った お姫様の様な女の人と 数人の顔のよい男達がお話をしていました
兵士はにやりと笑って 男の一人に水をぶっ掛け 男達を怒らせては 喧嘩になりました
やがて 勝負は兵士の方が勝ちました
兵士はその美しい女の人に顔に似合わずキザな口調で言いました 「俺好みのお嬢さん 男は星の数程いると言うが その形はともかく力と心に満ち溢れた星 つまり俺とつきあってみる氣はないか?)
その美しい女の人は言いました(私に剣で勝てたら一晩つき合いましょう)
結果兵士はこてんぱんにやられました
そして 三日後その女の人が自分よりも 十数階級も上の貴族であったということを知ったといいます
私の察するところ その女は 力と心が満ち溢れている男に
そう ラカンパネラ様に ひかれはじめたと言うことです 私は…」
「何百年前もの昔話を持ち出すな」
「それと私は女の軟派師です 数々の顔のいい男を見てきましたが もはや刺激に欠け申しました それに貴方は 他人に冷たく当たるのは 自分が愛に飢えていらっしゃる…」

そこまで言ったときラカンパネラのこめかみが
ぴくっ と震え
剣に手をかけて抜こうとするも 其れが能わなかった
「ラバストーンめ…」
舌打ちしながらも 心の内には少しの安堵感があった
その瞬間 をロレドールスは見逃さなかった
ラカンパネラへと飛びつくと そのまま押し倒す
ロレドールスはにやりと笑う
ラカンパネラはロレドールスの この表情を一度見たことがあった そうあの時の酒場で自分の剣を弾いたあの時と同じ獲物をしとめたかの様な表情をしていた
「最後の手段です 軟派師としてラカンパネラ様 貴方を誘惑してでも 私を認めてもらいます」
「また同じ手を使うのか…今度は通じんぞ 俺はお前に負けて以来 何十回も宮廷内 路地 宿舎 食事中 果ては風呂場でまで決闘を挑んだ その度に負けた そして 何時も俺に言った科曰があったな

(ラカンパネラ 今日も無様であったな それを雪ぎたくば 私から 剣の一つでも取りたければ 更なる修行をつめ 私よりも優位な立場になりたければ 手柄を立てて位を上げろ 力でのしあがってこい)

俺は考えた 下の世界に降りて修行をし改めて勝負を挑む 俺はその事をお前に言おうと お前の部屋に行った
そしたらなんだお前は 酒の中に媚薬なんぞいれやがって…おかげで俺は朝帰りがフォーゲルドにばれ三百年の皇国追放の処分だ まぁそのおかげで俺は…おいロレドールス…また 卑怯な…」
ロレドールスはすでに寝息をたてて眠っていた

「二年間 俺を探していたって言ってたな…」
ロレドールスを抱きかかえてベッドに寝かせると シーツをかけてやってから
自分は椅子に座ってまた胸元のペンダントに手をやった
が ぷつりと鎖を引きちぎって机に放り投げては 椅子から立ち上がるとラカンパネラは部屋から出て行った

机の上には一つの紅い鎧と剣 そして黒色の羽織が置いてあった
ロレドールスの体にちょうどの アホンダウラ降魔神軍仕様の総装備が


既にレッカ率いる騎弓隊が草原に陣を張り 敵を待ち受けること半刻 一人の偵察隊が幕内に駆け込んできた
「報告! 敵の先峰部隊は 妖狼一六〇〇の軍勢と判明 あと三つ半刻で 我が軍正面と遭遇するによし!」
「よし わかった」
続いてもう一人別隊が入る
「報告!」
「人狼一六〇〇で三つ半で正面だな」
「御意!」
「複告もまたよし!第二隊より右旋を始め茂みに隠れろ 本隊は穴窪を開始 第三隊は…三分し二つは本体と合流 一つは左崖から大木を転してみようか 工作してみよ 奴は…消えたか…」
すでにサディの姿はそこになかった


アホンダウラ降魔神軍先鋒隊 第一隊 ゼノス
妖狼隊 VS サディ
サディ 空から両軍を一望
「しかし 相手が犬コロじゃね…やっぱりこっち(レッカ)側をヤっちゃおうかなー」
すると突然 前の視界が振れると 一人の男が現る バルジェイであった
「よう サディ」
「あらジェイ 何の用?」
「実は妖狼隊よりも前に 右の森に獄炎狗が八百程既に『古式転移』されて 埋伏してたりするのさ これが」
と云い終えると バルジェイは サッと消えていく
サディの表情が徐々に喜びに変わる

「獄炎を喰らう炎獄狗ケルベロス八百!?そういう…おいしい…カモをまってたのよ!!」
本来なら炎の狗族に火系の攻撃を仕掛けるは それこそエサを与えるに等しい
サディの喜びはその火狗の許容を超える 爆破衝撃への挑戦に燃える事にあった

『我の名 煉皇をくだす銘を載くもの 獄門を開く鉤に値いて是にれり
赤よりサラに紅きアカ
黒よりナホに暗きクロ
出でよ 第七獄火層 ガハラ=ログアグゥ=ザースメギド
焼尽くせ 我のおもい叶う刻まで!』

ぐおぉおーーーーーーーーーん!
戦場に天をつかんばかりの 黒い大きな炎注が騰がる
サディ 大大爆発魔法 森と獄炎狗隊 消し炭


そして最後部の第二十部隊
アホンダウラ降魔神軍最後方部隊 アースベルグ=ヴェルヴェル 妖虎隊

セイバー ある大木の木陰で三毛の子猫を抱きかかえながら「フッ」と笑う
その笑みとともに黒雲が騒ぎ始め 天より光の巨大な雷柱が出現!

しゅっ

アホンダウラ降魔神軍の後方部隊全てを照射し 一瞬にして部隊のみを煙一つ立てず消しさった
一毛の焦げ目なく 部隊千数百人 即ち 全滅 させたのある

サディ「お?初モノね 今の暗黒魔法」
セイバー子猫を放し猫の行った方向にバルジェイがいる
「 禁呪 の意味を知っておるか お前」
「禁とは必要な時に解くものですから」
「まあいい お前への説教は後…実はな…」
刹那 セイバーの目つきが鋭くなった
(戦いのあと ビクトラウトにてタナカ危篤)
本隊隊 ラカンパネラ
火狗軍団

本隊が到着前に先鋒と 最高方隊は全滅

虎人兵「斥候狼兵隊より通達 ソハナ侵攻第一および 後方の第三部隊全滅とのことに由」
ラバス「うむ…ソハナの戦力については どうやら情報に欠けるものがあったようですな 未知数に挑むのは無謀であり」
ラカン「王者の戦いではないと言いたいか」
ラバスは笑う
ラカン「解った この怒りは主に預ける…退け!」
ラカンパネラは ばさり と外套マントを翻して立ち上がり 陣幕を後にした

ソハナに戻ると浮かれ宿は一変して ブレイハルト聖騎士の駐屯基地に早代わり
酒場は戦場での携帯食の調理場 闘技場は騎士達の集まる講堂に
無駄な位の建物の丈夫さがここで役立つ

しかしセイバーの姿はない
が 受付にサディ達宛に手紙を預けていたらしく羊皮紙に
「ブレイハルト本国の正規隊が御到着だ 後はレッカに任せるさ 乙第にはやってくれるだろう それに今度は東の方がヤバイ」
と書かれていた
兵隊のうちゴロツキだった連中は いつのまにか居なくなっていた
レッカ「セイバー?その様な男の報告は 受けていないが あの瞬光と敵軍の突然の退却は そいつの原因か…」
そうこうしていると日も沈み始めていた

次の朝 セイバーが畑に黙々と種を蒔いてる
アルジオスが話かけても無視 憮然として朝食を食べに宿へ戻る
今度はサディがやってくる
「意外と…ロリ?」
無視を続けるセイバー
サディ何かをひらめいたのか 笑いを堪えながら 宿の中に今度はウォーラがやってくる
「みらん…野郎?」
首をかしげながら宿の中に ウォーラが中に入る後 窓を指さすサディ
その先に 動きが止まり 胃のあたりを抑え 
がくっ と片膝をついて ピクピク 震えるセイバーの後ろ姿がみえる
笑う一同 (それを堪えて)不思議がる ウォーラ

「師匠 一体なにがあったんですか」
「ん?大陸最悪の魔法 本当にどーしょうもない男に向かって 言ってあげなさい 大陸に銘の知れた奴ほど よく効くみたいだから」
ウォーラは噴き出しそうになったが かろうじて持ち堪える
それを聞いていたアルジオスも
(やっぱ 破魔法って難しいだけあってすげえな)
と心から感じランド=ローも
(はて そんな破魔法など…)
と 己の記憶を辿る為に 一思案しているのであった

四つ刻後 カルクレアー 空飛ぶサーフボードで登場

カルクレアー「…やっと合えたぞセヴィリオス!…なに?外???…いない!!ああ お前達実は陛下の様態が…」
カル「じゃ 俺は先に ねっけぇぇぇつ!!」
サディ「じゃ 私たちはビクトラウト近郊の盗賊結社 隠れアジトまで『古式の星霜 降り座す理を以って唱う 彼よりも早く城に転じ移れ』
と転送の古代語魔法を詠唱

あいかわらずタナカの姿はない(奥の部屋で病養している)
ずらずらと騎士達 玉座にはスザンナ
左には紺色の外套をまとった男が立っていた

スザンナ「たった今 我が夫エリックの告示でこの王宮全体の人事異動を行うとか…そう 私の隣にいるカルクレアーも枢機卿に任命されました」
法王に次ぐ幹神祭官の位 重要な仕事に任じられ 法王の選挙権被選挙権を持っている
ハッソネール「始めまして 私はハッソネール=クロンシュタイン 以後 お見知りおきを」
スザンナ「彼は国が興ったときから重臣で 夫の政治顧問を勤めていらしてたのですが 今回の人事で作戦参謀長官に任官されました…もし 報告の通りなら後は わが国にセヴィリオスが戻ってくれたら 夫も案ずる事なく病養出来るのに…」
ハッソネール 曰く
「これはセヴィリオスのプライバシーと わが国の失墜にもつながる出来事 よそものである貴方がたには話すことはできんな 詳しくは下で話そう」
といってハッソネールは スザンナに一礼しながら部屋を後にして出て行った

ニ階 ブレイハルト近衛騎士団控え室にて

五階の来賓の間に比べると やや見劣りはするが 西の大陸一文化水準の高い国であるからして 騎士達の控え室の衛生にも 最新の注意を放っている

中に入ると横にある 木製の置物棚の波璃製花瓶には保存魔法を施した花々が活けられ
壁にはどこかの貴婦人の肖像画がかかっていて 重役格の会議室及び応接室といった感じである

椅子には立派な顎髭をはやした ブレイハルト神聖国作戦参謀副官に昇進した リチャード=ワイスマン卿がいて
対面が黒髪の女聖騎士 レイカ=クインシィと地図をひろげなにやら談合している

ハッソネール「ワイスマン卿 奴等は動いたか?」
リチャード「いえ 妖氣は未だ三つの街を均等に凝縮しているままの様子」
レイカがリチャードの科白に続ける
「この氣からすると まだ合わせて一万軍並の規模が残留していると見ていいだろう」
リチャード「もう一つ レッカの報告の通り 先日の瞬光は敵同士の分裂もしくは何か知らぬ強大な勢力が進入しているのでは」
サディ「光?あれはどうせ セイバーの仕業でしょ?」
リチャード「な なに…あんたたち そのことを謁見の間に戻って カル…いやカルクレアー枢機卿に報告してはくれないか…」

再び王の間
カルクレアー「(実は到着したばかり さっきよりも沢山の文様を胸につけている)どうした?…!やはりソハナから流れていた巨大な氣はたしかにセヴィリオスのものだったのか!…くっ 私は悪を見つけしだい倒す聖戦士である前に ブレイハルト神聖国が法律の忠実なる従僕 謎の軍隊に対し国の許可なしは 剣を振るうことは出来なかった」
ハッソネール「宗教の美点と 国家のしくみとは噛み合わぬもの 陛下はそれを永遠に解決されることのない 迷図であるといつも言っておりました」
カルクレアー「しかし今 敵はアホンダウラ降魔神軍などと名乗る我等の国賊 とはっきりした!
バルジェイ(おせーよ)
と何処かで 法王の次の位たる職を預かる身として サディ…汝らにソハナの件の礼を言う!
汝らに聖帝ナゴスギール 聖サムソレオンの助力あれ」
ハッソネール「報酬については 後々双方の話合いの場をつくろう」
サディ「褒美なんてどうでもいいけど 受け取るんだったら高いわよ」
ハッソネール「良識を期待します で枢機卿 セヴィリオスはどうなされました」
カルクレアー「…消息不明だ」
従者「カルクレアー殿下 法王陛下が御呼びです」
カルクレアー この場を一礼し退場
(いつのまに現れたのか?)バルジェイがつぶやく
「セヴィリオス=ウェード この戦功で新しくロベリアル伯爵騎士の称号を与えられ追放は恩赦となる か …あー セイバーは元々 この国の聖騎士セヴィリオスだった訳 ある誘拐事件でドジ踏んで誘拐されたドジな…」
ハッソネールが口鋏む
「その先は陛下の姪君に対し 無礼な発言と察するが…」
「はいはい…姫君を妖怪に殺害され その責任で自主退団したんだけど騎籍はそのままの取り計らいと決まったんだな まぁ ブレイハルト聖騎士の名は十三のガキの背中にはちと重かった訳だ 伸童だから特にな…って!」
突然 バルジェイ消える
(同時刻 リフィラムの目覚め)
また バルジェイ現る
「…!?くそっ!(一つ呪文を唱えて)おい カルクレアー!」
カルクレアー急ぎ 謁見の間に戻る
「んっ?(小走りながら目を瞑る)…!サディ」
「あんたの命令はきかないよ」
「ではソハナの事情が変わったことを伝えよう」
「何が?」
「しかし部外者には これ以上教えられるものがない」
『古式転移』が使えない
(城内は対破魔法防御の仕組みになっている)

外に出ても ソハナに『古式転移』が出来ない
それは 街の様子が著しく代わったという意味を表し サディ達は街になるべく近い場所まで『古式転移』し 徒歩を行うことに決め込んだ




第十一節「死人の街 ソハナ」

小高い丘のような坂を登り終えると 街まではあと数百米の距離だった

「ようやく着いたようだが…」
アルジオスが 遠く街を様子を見まわしながら 低い声で呟いた
その声には怪訝そうな響きが混じっている 言いかけたアルジオスの言葉をサディが繋ぐ

「街を覆っていた ドームの結界がなくなってるわね」
一行の眼下遠くには 地方の田舎街といった雰囲氣のソハナの街が 静かなたたずまいを見せていた
そう 本来ならば街の姿が見えるはずはないのだ セイバーが張ったはずの 虹剛金の半球結界によって しかして 目の前のソハナの街にはそれがなかった

「急ぎましょう 何か嫌な予感がするわ」
ひっそりとした街を眺めながら サディは街全体が 奇妙な雰囲氣であることに氣が付いた
おかしな胸騒ぎを覚えたサディは 言うと同時に丘を駆け降りた

「ヤツがいるはずだから 大丈夫だと思うが…」
アルジオスが苦い表情をしながらもそれに続く
相変わらずランド=ローは無駄口を叩かずに サディにぴったりと陰のように付き添っている そしてバルドが続き 最後にウォーラが慌ててついていった

目前に街の門が近づいてくるにつれて サディは 奇妙な感じの原因に氣付いた
街に人の氣配というものが感じられない
サディはちらりと隣のランド=ローに視線を送る それに氣が付いたランド=ローは軽くうなづいた 彼もまた この異様を感じ取っていた

門をくぐると案の定どこにも人影がない 街全体がしんと静まり返っている
一軒の家からでている煙だけが どこか間の抜けたような感じがする
しばらく歩いていると不意にウォーラが声をあげた

「師匠 あそこに人がいますよ」
ウォーラの指さす方向に目をやると 確かに 一人畑で農作業をしている百姓の姿があった ソハナらしいといえば ソハナらしい光景ではあるが…
「あいつ 一人だけか…?」
アルジオスが不審の眼差しで百姓を見る 街に入ってから どうも不吉な予感が頭から離れない そして この感じは今までに幾度か経験したことがあった
アルジオスは直感的に悟っていた 危険が すぐそこまで迫っているということに

「あの、何かあったんですか?」
バルドが話しかけると 百姓は作業の手を休めて振り向いた
「あーあんたたちかえ いんやべっつに変わったところはなか それよりも見てくれこのキャベツ畑を」
百姓は自慢げな顔で畑を眺める 自分の仕事に満足した充実の笑みが顔には浮かんでいた
その言葉にみんなキャベツ畑に目をやる ずらっと並んだ数百個のキャベツにはこの夜が続く寒さのためか 全部に紙袋がかぶせてあった

「へーぇ すごいですね これ全部おじさんが一人で育てたんですか?」
ウォーラが遠くまで並ぶ キャベツ畑を見て感心する
「んだ そりゃおめぇ おらが一人でつくったんだよ 時間はかかっただがな」
「でもこんな畑前 来たときにあったかしら?」
サディは首を傾げながら眺めていた
「キャベツか…あっ!! まさかっ!」
同じように足元の袋のかけられたキャベツを眺めながら考えていた アルジオスは解った
人氣のない街
一人だけの百姓
そしてこのずらりと並ぶ袋付きキャベツ
これらすべてを結び付ける ある おぞましい考えの閃き

「おい まさか このキャベツってのは…!!」
アルジオスは弾かれたように振り返った
と その瞳が大きく見開かれる
ヒュザッ!!
空を切る音と共に さっきまでアルジオスのいた位置を鍬が薙払う

「やっぱりな 予想通りって訳かよ」
不意を打たれた にもかかわらず かろうじて横に身をかわし鍬を避けた アルジオスがきっと百姓を睨みつけた
「アルジオス!!」
ようやく事態に氣が付き ランド=ローも視線を百姓にうつす

「こいつ…人間じゃない!?」
百姓自身の精霊力の無さを感知したバルドが驚きの声を揚げた
正常な人間 いや生物であれば常に働いているはずの 体内が精霊力が感じられなかった
それはすなわち 尸塊 アンデット の類である

アルジオスとランド=ローが百姓に一歩ずっとにじり寄るとほとんど同時に
ボコッ ボゴボゴォ とキャベツ畑の中の袋を破って 地中から奇妙なやつが姿を現しては 続け様 畑のいたるところから 同じものが沸き上がる その数は五体

百姓は いや その体からたち昇る雰囲氣 氣迫 そして 殺意 は すでに人のそれを越え 正に妖怪のそれだった そいつはニヤッと笑うと ややくぐもった声で言い放った

「フッフッフッ この 矮申族 エテ どもがぁ 高貴なる私と エテである儒命人との区別もつかんとは」
そして鍬を投げ捨てる一方 畑から沸き上がった五体は その妖怪のところへと かなりの速度で寄り集まろうとしていた

「…あいつ多分 腐蝕騎士 アンデットルーパー だわ」
サディが 堰月白虎 を鞘から抜刀した 霜が降りたように 白い刀身からは冷氣が流れ出す
「強いんですか?」
バルドは剣に手を掛けずに すっ と左手を掲げる
「どのみち 始末すればすむってことさ」
ランド=ローの だらり と下げた右手が わずかな動きを示す

「ほぉ エテの貴様らがこの私を始末するか ま せいぜい私を楽しませてくれよ あっさりと死んでしまっては 張合いがないからなあ」
「寝言は あの世で言うんだな」
アルジオスが背に負った 翡翠爪刀 を右手で構える
「ゆけぃ! 我が下僕供!」
腐蝕騎士のかけ声と共に 五体の下僕尸塊と化した元町人達が 一斉に襲いかかってきた!

腐蝕騎士 其れは墨月 やみ の星霊をも操る 魔皇アルンザードが
とある霊質の高い妖精の 強い怨念の意志 が残留した屍を媒体に
処女や童子の生贄を介して 元の魂を死者の世界から反して作られた知能の高い吸精鬼
体内に精霊も棲んでいる為 破魔法や精言霊の経験者なら 呪術も使うことが出来る

「ウォーラ 後ろに下がってなさいっ!」

サディはそう叫ぶと 堰月白虎をかざし 魔法の詠唱にはいる同時に
ランド=ローとアルジオスは 腐蝕騎士に向かって突っ込んだ 後方でバルドも魔法を唱えている
「がはーっ!!」
奇声をあげて迫る下僕尸塊に ランド=ローは右手を振った
ひゅおっ
一瞬何かがきらめいたかと思うと 下僕尸塊の右腕がぱくりと裂けた
かろうじて見えるほどの細い 虹剛金 ミスリル 剛琴線 ワイヤー が ランド=ローの手の動きに合わせ自在に動いていた

ランド=ローがわずかに口元を歪めると こんどは別の一体に向かって
薄暗い天を裂いて 一筋の赤い流星が降り注ぎ それは轟音をたてて周囲の土砂を巻き上げる
土煙の中で立ち尽くす下僕尸塊は やがて ゆっくり と崩れ落ちた

「なかなかやるじゃないか ほーらごほうびだよ 受け取りなっ!!」
腐蝕騎士が氣合いと共に 両腕を突き出した衝撃波がアルジオスとサディに走り寄る
ドウッ
サディはかろうじて耐えたが アルジオスは その衝撃に数米吹き飛ばされた
「ぐあっ!」
地に叩きつけられて一瞬頭が くらっ ときたが 慌てて意識を戻す
その時

ふっ と頭上になにかの氣配を感じ 考えるよりも先に体が動き そのままの体勢で 相棒の得物 翡翠爪刀を両手で握り
おもいっきり 真上に突き上げると はっきりとした 手ごたえが感じられた
顎の下から脳天にかけ 下僕尸塊は串刺しにされていたのであった
「ふう 危ねえ危ねえ」
力を込めて剣を引き抜くと 倒れてくる下僕尸塊を蹴り飛ばす
立ち上がるとアルジオスは 再び敵を求めて駆け寄った

そんなすさまじい早さの戦いの様子を 呆然と眺めながら後ずさるウォーラだが ふと何か足に触れた
恐る恐る下を向くと 足元には袋のかけられたキャベツが転がっていた 安堵に胸をなで下ろす
「なんだキャベ…!!」
ウォーラは途中で その言葉を飲み込む
少し袋が外れて中が見えていた キャベツだと思っていた その中身から のぞいているのは人間の首…
「ひ…キキャアッッ!!!」
顔をひきつらせながら 一呼吸遅れ 絹を裂くような悲鳴が響きわたったまま へなへな と力が抜けたように座り込んだ

一方 バルドの魔法は自分を含め サディとウォーラにも作用してた淡い輝く晄乙女精霊の加護が三人を覆う
戦いが続くにつれ 状況はこちらの有利で 進み始めたかにみえた
下僕尸塊を一匹切り刻み 今度は腐蝕騎士に ワイヤーで攻撃を仕掛けるランド=ロー それを交わしつつ 腐蝕騎士は低く魔法を呟いた
瞬間 ランド=ローの動きが ぴたり と止まった 腕をだらんとたらしてその場に立ち尽くす その瞳は濁り焦点はどこにもあっていなかった

「催眠の魔法かよ…」

衝撃波でふっとばされた間にランド=ローが 腐蝕騎士に向かっていたので アルジオスは下僕尸塊の相手に専念していたが
先ず 最初の一匹目を倒したあと二匹目を袈裟におろしてしとめた後 立ちすくむランド=ローの姿がちらっと目に入り アルジオスはすぐさまに腐蝕騎士へと疾る

「ランド=ロー!!」
ランド=ローの様子にわずかに氣を取られた
そのわずかな間バルドは 無防備な背中を 下僕尸塊に晒してしまった
下僕尸塊の爪の鋭い一撃が バルドの背中を裂いたかに見えたが 精霊壁の加護がかろうじてその一撃は吸収した
しかし 光の薄れていた精霊の加護は それによって完全に消えてしまった

「くそっ!」
振り向きざまに光の投げ槍を放つ 淡い残像を残して それは深々と下僕尸塊の胸を貫く!!
「やったか!?」
動きを止めた下僕尸塊に バルドの心がわずかに緩んだ
それが致命的だった
突如 くわっ と目を見開く 下僕尸塊
油断していたバルドにかわせる攻撃ではなかった
バルドの瞳の奥には 振りおろされる 下僕尸塊の腕が焼き付いた…

「ハアッ!」
両手で構えた翡翠爪の斬撃を 腐蝕騎士は紙一重で外した
「ちぃっ!」
繰り出される腐蝕騎士の攻撃を 剣で受け流しながら アルジオスは舌打ちする
自分の剣撃がほとんど半分の確率で躱されていた
予想以上に強い相手だ その時 視界の隅に近づいてくるバルドの姿が入った

「助かる 後ろから魔法で援護してくれっ」
バルドに向かってそう叫ぶと アルジオスは再び腐蝕騎士に剣を揮う
幾度かの攻撃を仕掛けた後 不意にわき腹の鋭い痛みを感じた
苦痛に顔をしかめながら 後ろを振り返ると そこにバルドが立っていた
「バルド?」
アルジオスの問いかけに バルドは何も答えない
抜き放った剣で 無言のまま切りかかってきた

「バルドどうしたんだ! やめろ!」
バルドの攻撃と 腐蝕騎士の両方の攻撃をしのぐには 受け身に徹するしかなかった
わずかな傷を増やしながらも なお アルジオスはバルドに問いかける
「俺がわからないのかよ! 剣をふるう相手を間違えるな!」

「無駄だよ もうそいつは貴様らの仲間じゃない」
執拗なまでの攻撃をしかける腐蝕騎士 その顔には楽しそうな笑みが浮かんでいた
ザンッ!!
アルジオスに攻撃をしかけていたバルドの背後で白刃が煌き 大きく背中を裂かれ血を吹き出すバルド
しかし その顔に苦痛の表情は見えない
「アルジオス バルドはもう人間じゃないわ! のろ いをかけられ 下僕尸塊化 してしまったのよ!」
堰月白虎をかざしたサディがそこにいた 後ろには高熱にさらされて 炭化した下僕尸塊が一匹大地に転がっている

ういうことか…」
いまいましげな顔をするアルジオス
下僕尸塊化したバルドは新たなる目標を得たとばかりに 今度はサディへと襲いかかっていった
ガッ
二本の剣が交錯する
サディは堰月白虎を軸に体を反転させると 素早くバルドの懐へ飛び込めば
すれ違いざまに空いた左手で 腰元の小剣を逆手でから抜き放ち バルドのわき腹へと突き立てたまま転がるようにして横に身を投げる
サディの外套の袖を バルドの剣がわずかに切り裂いた もう少しタイミングが遅ければ 腕ごとばっさりと落とされていたかもしれない

「師匠!! なんてことを…!」
ウォーラが背後から悲鳴にも似た声で叫んだ
「言ったでしょう ウォーラ  バルドはもう人間じゃないんだって 手加減なんかしていたらこっちがやられるわ 残酷なようだけどね それが命をかけた戦いの掟 迷いや情けは死につながる 貴方も一端の冒鋒者になるなら よく覚えておきなさい」
無造作に突き立てられた小剣を引き抜くバルドを サディは冷静な眼差しで見つめている

『石階が精霊王に於いて 束縛の重積を課せ』
腐蝕騎士の口から 力を伴った楽奏が流れ出た途端 サディとアルジオスの体に異変が起こった
「足が…!!」
突然二人とも足の自由がきかなくなったのだ まるで石のように 剣を振るっていたアルジオスは 危うくバランスを崩しかけた

『古式が理を以て 大地の力を解き放つ 飛翔の翼 我が背に』
サディは手早く魔法を唱え すうっと宙に浮かび上がる
『古式飛翔』の魔法を使っていれば 足の不自由による行動の制限は 問題にならない
サディが 腐蝕騎士の左に回り込みながら魔法を唱えた
『古式の星霜 降り座す理に詠み唱えん 我が前に 破壊の火球を宿せ』
サディの左手の平から放たれた炎の球が 腐蝕騎士の足元に着弾し破裂する 炎が腐蝕騎士をなめつくし土煙が視界を遮った
「効かんなぁ そんなちゃちな魔法なぞ!!」
平然と立ち尽くす腐蝕騎士 しかし 土煙が落ち着いて視界が戻ったとき そこにサディはいなかった

「ふふ かかったわね」
頭上からサディの勝ち誇った声がする
「そんなエテの考えが この私に読めんとでも思ったか!!」
声がするとほとんど同時に 腐蝕騎士は頭上をふり仰ぎざまに 衝撃波を放った
が それは空しく宙を打っただけだった
「なにっ!?」
驚愕に顔を歪める腐蝕騎士の眼前を 煌く白刃が真下から天へと垂直に駈け昇った

「ばかな…!!」
目の前で妖しげな微笑みを浮かべるサディを 腐蝕騎士は呆然と見つめていた
「たかが 幻聴 の魔法に惑わされるなんて 所詮 貴方も雑魚にすぎないわ」
サディは逆手で持っていた堰月白虎を鞘に戻す つまり それはこの戦いの終わりを示していた

「フッ…しかし俺を倒した所で時既に遅い この街はすでに死人のま…ち…」
腐蝕騎士の顔面に眉間から顎へと一直線に亀裂が走る刹那 その体は真っ二つに裂けた
どす黒い血らしきものが勢いよく吹き出すと 両半身が左右に分かれて倒れる血の海に沈む
腐蝕騎士の割れた顔には 最後まで笑みが張り付いていた

振り返るサディの目に アルジオスとバルドの戦いの終結が映った

サディに背を向けて立っているバルド その背から透き通った鮮緑色の美しい刀身の切っ先が覗いていた
アルジオスがゆっくりと翡翠爪刀を引き抜くと バルドの体は支えを失ったように地に倒れ臥した
バルドの手から剣が落ちる アルジオスは足元に横たわるバルドを一別すると
首元に手をやったぬるっとしたものが手に触れる バルドの剣はアルジオスの首をかすめていたのだ

「とりあえずは終わったな…」
バルドを見おろして アルジオスは独り言を言った
サディの横に 催眠も解けようやく正氣に戻ったランド=ローがやってきた
「失態でした」
短い言葉でサディに謝る
サディは軽くうなづいてそれに答えると 倒れているバルドの横に屈み込んだ

「あ…」
ウォーラがバルドのことを聞こうと近づく それをランド=ローが無言で押し留めた
サディはうつ伏せになっているバルドの背に手をおくと 空いた方の手で複雑な印を切りながら 古妖精語の破魔法を呟き始めた
低い魔法の詠唱だけが 静かな街を流れる
バルドの体を輝く光がおおい それが一瞬で大きく弾けた そしてその光が消え失せた後に バルドの姿はもうそこにはなかった

「まさか 師匠…」
ウォーラの心に不安がよぎった それがそのまま言葉としてつい出る
「尸塊化してしまった者でも その魂を溟神系精言霊で救えば 再び復活させることは出来る だけど 今の私たちは少しの氣力も無駄にはできない かといってバルドをこんなところに放っておく訳にはいかないから 一応 『空間転移』でハルノアに飛ばしておいたから 後はあの龍帝が うまく取り計らってくれるでしょう」
すっ と立ち上がるとサディは 今度は並ぶキャベツの袋をいくつか取り払う すべて中にあるのは 人の首だった その中には前にきた時に 見たことのある者の首もあった

ランド=ローが低く魔法を唱えて 残りの広大なキャベツ畑を一望する
「全て 人の首だ」
『古式透視』の魔法によりランド=ローには 袋の中がはっきりと知覚できた
年寄りから まだ幼い子供まで ありとあらゆる人間の首が…
そのどれにも死を目前にした時の 苦悶の表情がくっきりと刻み込まれていた

「どうする これから?」
アルジオスが翡翠爪を背に戻しつつ サディの方を見る
「セイバーのいるはずの酒場に行ってみましょう まさか あいつがやられてるってことはないでしょうから」
そう言って進もうとした時 アルジオスが氣付いたように呼び止めた
「サディ その前にすまないが この足をなんとかしてくれないか? このままじゃ戦いどころか 歩くのも不自由しそうだ」
呪いのかけられた 自分の足を指さして頼む

「 不具 … 解呪 じゃないと解けないか…」
アルジオスの足に触れ サディは今までとは違う響きの魔法を唱え始めた
その様子は 天に捧げる祈りに似ている
「もういいわ」
サディの声と同時に アルジオスの足はいつもと変わらない状態に戻り サディは次に自分の足にも触れ 同じ魔法を唱えた
「さ 行くわよ」


静かな すでに死者の街と化してしまったソハナの中を 目的の酒場に向かって進んでいく一党 誰もがただ黙々と歩を進めていた
それは彼らが余りに痛々しい街の様子に 閉口せざるをえなかっただけではない
道を進むにつれて戦斧のような大型の武器で 真っ二つに切断されている死体を幾つか目にし始めたからだ
しだいに むくろ の数は一つ二つと増えていき 所々では累々と山のように重なっているものもある

と 前方で 一つの激しい閃光と 耳をつんざくほどの爆音が轟いた
ウォーラが悲鳴をあげて耳を押さえた 妖兔である彼女はなまじ耳がよいため その音をまともに聞いてしまった

「破魔法か…?」
前方を凝視して アルジオスが呟く
「おそらく」
ランド=ローも神経を前方に注いでいる
「だけどあんな輝きの魔法 今まで見たことがないわ」
サディもかなり耳の奥が じんじん していたが さすがにウォーラほどひどくはなかった
光が弾けたその方角は街の中心部 人々が憩いを得られる公園があるはずだった 誰からともなく そちらに向かって走りだす
そしてそこで信じられない光景を 目の当たりにすることとなった

公園の中央にある泉に向かって 数百体とも思われる沢山のある亡者の集団が 一斉に突撃を仕掛けているのだ
それらが瞬時にして閃光となって消失したり 胴が引きちぎれ下半身だけ残して上半身は大地に転がったり
あるいは体が液体のように崩れたり

亡者たちの突撃が 繰り返し繰り返し 肉塊を飛び散らせ 舞い上がる体液で 黒色の闇の空を不氣味に飾る
この世の景色としては認められない狂氣 まさに地獄の絵図としか言い様のない有り様
その情景に誰もがもはや動くことすらできない この時ばかりは氣丈なサディでさえ 背筋が寒くなる思いだった

やがて 亡者の全てが行動不能になってから ようやく 今まで遮られていた泉の中央が見え すでに真っ黒な血で染まったその泉の中に 一人の青年が背を向けて立っていた

水と同じ色の亡者たちの返り血を全身に浴びた青年は それを洗い流すために中央の噴水から噴き出る清浄な水を受けていた
闇赤色とおもわれた髪の色が 透明な水流によって しだいに茜を宿した鮮やかな金髪へと変化していく
青年はセイバーだった

「ん?」
セイバーがふと氣付いたように後ろを振り返る
そこにウォーラの姿を認めると セイバーは手を耳に当てがい短く魔法を唱えると
耳の中から針のように細い赤い棒が出て来て下の噴水の水に落ちた途端 それが血へと変わり 薄れかけていた紅き水面を 一層赤に染めていく
「お前達 いたのか 耳の中に返り血が流れ込んできて 音が聞き取れなかった」

「セイバーどういうことなの? 一体この街に何があったの?」
蒼白な顔でウォーラがセイバーに向かって説明を求める
さすがに亡者の肉片を踏み分けて セイバーのところまで寄る度胸は持ち合わせていない
「見ただろ この有様を」
セイバーは泉を囲んで 散らばる亡者たちを目で指し示す
「これは…これはソハナの街の人々 忠実なる俺の部下 可愛い俺の女達の変わり果てた姿だ 俺が城に行き帰って来るまでに一匹の化物…系統からするとハルノアの亡者軍団の幹部クラスか 魔王の寵児…奴だろう そいつが単独でこの街に忍び込み 内部からその殻を破る…奴らしい確実な策略だ やってくれるぜ 青白のお人形さんが…」


空を振り仰いで呟く表向きは 冷静そのものだが その声にわずかな悔しさが含まれていること その瞳が怒りに燃えていること
そして強く噛みしめる唇から一筋血が流れていることを サディたちは氣付いていた
セイバーは泉から出るとこちらに歩いてくる

「時間さえかければ この街全員の命は救えただろうが 今の時期このちっぽけな所に 有能な司祭や神官を集めるのは 大陸全体を危機にさらすこととなる ならば この病原体が広がる前に全てを刈り取らなければならない」
セイバーはウォーラの前で立ち止まるとじっとその顔を見つめる
鋭い眼差しがウォーラを射た
しかし その両の碧眼の奥にウォーラがかい間見たものは えも言われぬほどの悲壮さと そして孤独さだった

「セイバー…」
「そんな俺を残酷だと思うか…しかし 大陸全体の危機を救うことになるならば 俺は どんなことでもす
それが この体に宿った呪われた血の宿命 たとえ 俺から勝利とプライドと心を奪った あんたが 敵になることがあっても…」
最後の一瞬 寂しげな眼差しをすると セイバーはウォーラからすっと視線を外したまま ウォーラの横を通り過ぎていく
サディも アルジオスも ランド=ローも
そしてウォーラも 何も言わずに只 セイバーの様子を見つめていた

その彼が立ち止まった所には 彩色の宴ともいうべきまばゆき光を放つ柱があった
そのような目のつくものがはたしてこの街にあっただろうか
セイバーは静かに目を閉じ その柱の前に立つと 長年の友を相手にしているかの様に 親しげに信頼を持って語りかけた

「鳳よ 今度の敵は巨伸 ひとがみ …それでも行けと言うのか」
その柱は静かにも激しい氣をセイバーに注いでいるかのように見えた
セイバーは口元を歪めて微笑んだ
「…聞くだけ野暮だった だからお前はここに来た 彼の金色の島から」
セイバーはかっと目を見開き その柱に両手をかける

【世に認めらるる
陽の剣 永遠の天喰狼
陰の剣 破壊の地呑獅
我 行使するは禁忌の邪刀 裏聖剣 陽
世の興亡を司る 燈陽鳳 よ
四代目魔剣聖セヴィリオスと 
降魔神軍近衛リフィラムの血に於き
その力 開放せん!】

誓約とも言える祈念と同時に 柱 いや刃渡り 三と半米の大剣を抜き放つ!
同時に周囲は光の雲霧に包まれた 輝きは微妙に色彩を変化させ
次々とわき上がるように弾け散る
それはまるで光の洪水に飲み込まれたようだった

あまりのまぶしさに誰も目を開けていられない その時
何処からともなく セヴィリオスの声がウォーラの耳にだけ届いた
しかし それは声と言うよりは むしろ直接心に語りかける思念のようだった
(ウォーラ…)
「セイバー?」
ウォーラは片手をかざし瞳を細め 光の中にセヴィリオスの姿を捜す
(ウォーラ…いや大陸の英雄シリアよ 私の体には奴…アホンダウラの血と同じものが流れている つまり私はあんたの正体を あの晩 魔王一族の力 読心 を用いて解っていた)
なっ!! なんですって!?
その言葉にウォーラは大きな衝撃を受けた
やがて光の渦に巻かれて立っているウォーラの表情が いや表情だけではないその雰囲氣までが一変する
今までの様子からは想像もできないほど堂々とした風格が
幼い妖兔の少女からは考えられないほどの威圧感が その体から溢れ出している
間違いなく大陸に名だたる英雄 妲輝伸 きせきひめがみ  シリアのそれだった

「そう 氣付いていたのセイバー」
口元に軽い笑みをたたえシリアは小さく呟く セヴィリオスの思念はさらに続いた
(ならばシリアとして 貴方に伝えておかなければならないことがある 貴方はこれから魔王一族に深く関与することになるだろう 聖帝の血を引き継ぐナゴスギール一族に
その中の自らの魂を倒魔の武器と化した
制裁を司る 烈帝ファイナル とその三人の息子の存在
一人は聖地ヴァルネス大陸の聖帝 サムソレオン
サムソレオン睨下が敵に回ることはないが 問題は後の二人
中立神エントラヴァンス最高司祭 フラッシュ=バック
激情と炎を司る破魔法士 ザンクギール
奴らは今アホンダウラに組している
いずれもその力は侮れない 天神 かみ にすら匹敵するほどの実力を備えているからだ
このままではいずれその二人とも出会うことになるだろう
その二人には十分注意してほしい)
シリアの回りの色彩が揺らぎを見せる鮮やかな光の爆流はしだいに 黄金色へと統一され始めた
(…どうやら時間もなくなったようだ…最後にウォーラとして…私が生きて再びこの地に戻れたなら あんたと一緒に旅がしたい
そして感じてみたい 父の言っていた 万書にさえ記されなき冒険の苦楽 という奴を…)

「セイバー…」
予想だにしなかった言葉に シリアは戸惑いの色を隠せなかった
そして 何か言おうと口を開きかけた時 今度はきちんとし たセヴィリオスの肉声が光の中に響いた
「俺は奴とケリをつけてくる すでに六つの体を取り戻した今のアホンダウラに お前達がかかっていった所で 勝負は目に見えているしな…ヤツ等のことは俺達に任せて おまえたちはとりあえずブレイハルト神聖国に戻れ カルクレアーにこの街のことを報告するのだ」

そして 光彩が黄金の光渦が一層輝きを増した セヴィリオスの声が聞こえてから どのくらいの時が立っただろうか
それが一瞬か 数時間後だったのかはわからない 周囲は再び静けさを取り戻していた
死人の街となったソハナの寂しい光景と 死者の嘆きのように吹きすさぶ風のみが そこに取り残されていた

「どういうことだ これは こんなことは今までなかったぞ」
アルジオスは背から外した翡翠爪を呆然と眺めると
刀身から淡い燐光が発せられ 刃が一段と鋭く そして妖しく輝いて見える
剣の意志が何かを語りかけているようだった

「とりあえず いつまでもここにいても仕方がないわ セイバーが言ったように 一度ブレイハルト神聖国に戻りましょう」
サディが決断を下した ランド=ローがアルジオスに『古式空間転移』を唱え 自分もその魔法で跳ぶ サディが後ろを振り返って言った
「ウォーラ 戻るわよ」

「はい師匠 お願いします」
そこにはいつもどおりにこやかな笑みを浮かべたウォーラがいた
英雄シリアではなく サディに弟子入りした魔法師見習いウォーラが

こうして一行はソハナの街を後にして ブレイハルト神聖国へと帰還した


大陸革命を経た後 再び大陸に訪れた闇の力

それを振り払おうとする者たちが 大陸中を駆け巡る

かつての英雄達が そうであったように

しかし 彼らは未だその闇の影しか知らない

彼らが闇の真実を目の当たりにするのは

これよりまだ少し 先のことであった




>>次が章ゑ




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